七五三は子どもが「社会」の一員になったお祝い

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11月15日は七五三。

2017年は大安と七五三が重なりました。

晴れ着姿の可愛い子供たちを連れた正装した両親、そして、時にはおじいちゃん、おばあちゃんの一族のお出掛けを見かける頃ですね。

ところで、なぜ誕生日とは別に3歳、5歳、7歳を祝うのでしょうか?


この記事を書いた人
Ina / 伊奈葉子

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


七五三の由来

七五三は、女の子が3歳と7歳、男の子は5歳を祝う行事として知られています。

なぜ誕生日とは別にお祝いするのでしょうか?

実は、現代のような新生児医療がなかった昔は乳幼児の死亡率が高く、子どもが無事に成長するのは現代よりもはるかに大変なことでした。

そこで昔の人は考えたのです。

七歳までの子供は神の子。
七歳になって初めて「社会」の一員。

七歳を迎えるのがいかに大変だったのか、伺いしれますよね。

薬も病院も嫌いな私ですが、医学の進歩に感謝です。。。

7歳で社会の一員、その前段階として3歳と5歳を節目とした行事が明治時代にありました。

  • 三歳の男女 髪を伸ばしはじめる「髪置き」
  • 五歳の男子 はじめて袴をつける「袴着(はかまぎ)」
  • 七歳の女子 帯を使いはじめる「帯解き」

この行事が受け継がれ、現代の七五三になっています。

七五三はなぜ11月15日?

では、なぜ七五三を11月15日に祝うのでしょうか?

2つの説があります。

15が吉数だから15日

そもそも15という数は吉数とされます。

旧暦の15日は何事をするにも吉日であるとされました。

旧暦の11月は収穫を終えてその年の実りを神様に感謝する月。

満月の日である15日に、神様へ収穫への感謝と子供の成長への加護を祈るようになったのが始まりと言われる説があります。

徳川綱吉将軍の長男の健康を祝う行事にちなんでいる

もうひとつの説は、

江戸時代に徳川5代将軍綱吉公の長男の健康を祝う行事が1681年11月15日に行われたのが始まりというもの。

いずれにしろ、感謝と願いが込められた日であることに変わりはありません。

千歳飴

七五三といえば千歳飴。

なぜ、七五三に千歳飴なのでしょうか?

一説には、浅草の浅草寺で赤と白に染められた細長い飴を「千年」という名前で売り出したのが千歳飴のはじまりとされます。

「鶴は千年、亀は万年」のことば通り、子供の健康長寿を願い、紅白の長い飴をその子の歳の数だけ袋に入れたのが始まり。

七五三はいずれも奇数ですが、白を1本多くするのが習わしのようです。

晴れ着姿のお子様が千歳飴の長い袋を引きずるかのように歩く姿は微笑ましいものですよね。

まとめ

七五三の行事は、乳幼児の死亡率が現代よりもはるかに高かった時代に7歳までは神の子、7歳を過ぎてはじめて社会の一員となったことを祝う習慣から生まれました。

11月15日に行われるのは、3つの理由から由来しています。

  • 15はそもそも吉数で秋の収穫に感謝する意味で11月15日に行われるようになった
  • 徳川慶喜将軍の長男の健康を祝う行事が1681年11月15日に行われたこと

晴れ着姿のお子さんと嬉しそうな親御さんの姿を見ると、どんなに医療が発達して乳幼児の死亡率が減ったとしても、育児は大変で子供の成長は喜ばしいものであることを想います。。。

立冬が過ぎると七五三にお詣りする親子連れが見られるようになりますね。

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ピアノと音楽、自然とアートとお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪