Fantasie Imageと伊奈葉子について

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ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。

Fantasie Imageをご訪問くださり、ありがとうございます。

Fantasie Imageとは

Fantasie Image(独:ファンタジー・イマージュ)は、

  • Fantasie: (自由奔放な)想像、空想、幻想、気まぐれ・・・
  • Image:映像、心象・・・

すべてはイメージから始まります。

美しく豊かなイメージこそ、すべての原動力です。

ピンクは愛を表します。

愛とは、キリスト教的降り注ぐ愛。だから上に位置します。マリア幼稚園に通った私は、自然にキリスト教に接し、関心を深め、聖書を読みました。洗礼を受けたクリスチャンではありませんが、キリスト教の影響を強く受けています。

薄紫は未来を表します。

未来は自分の心の中にある。だから下に位置します。

白は「いつも今ここから始まる」。

初心と純粋、そして強さを表します。

〈Fantasie Image〉のボルドーは情熱の赤と理性の青の融合。

シンプルなフォントは、全ての人が持って生まれた資質を開花させて自分の人生を素晴らしいものにすることができることを表しています。

Profile~伊奈葉子

独学で始まったピアノ

5歳の初夏のある日、体操コーチだった父に連れられて遊びに行った体育館で、片隅に置かれたグランドピアノに「あ~、私はこれを弾くんだ・・・」という想いが湧き上がりました。

ピアノが欲しいと両親に言ったら明治時代に作られた足踏みオルガンが(もらわれて)やってきました。

心の趣くままに知っている歌などを弾き、何時間でもオルガンと戯れていました。楽譜の読み方は小学校の音楽の教科書で覚え、近所の友達が弾いていたバイエルや併用曲集を見聞きして自然に両手で弾くようになり、(当時NHK教育テレビで放映されていた)『ピアノのおけいこ』でバロックから近現代のやさしい作品に親しみました。

ブルグミュラー25の練習曲『牧歌』、バルトーク『遊び』、カバレフスキー『ワルツのように』がお気に入りだった9歳の12月にピアノ教室に入門、「手を丸く、指を立てて、鍵盤の底までしっかり押さえて、全部の音をfでしっかり鳴らして・・・」とピアノのレッスンが始まりました。

子供のおもちゃにピアノは高すぎると考えていた両親でしたが、5年生の時に発表会でモーツァルト『トルコ行進曲』を弾くことになったら、あっという間にアップライトがやってきました。

「自分が変われば周囲が変わる」と言いますが、結果を出すことによって周囲が認めてくれることを知った初めての体験です。

本当のことを教えるピアノの先生になる!

その後、父の転勤に伴う転居と転校でもれなくピアノの先生も代わり、先生を代わる度に全く違うことを言われることに疑問を持っていた14歳のある日、書店で偶然見つけたピアノの奏法の本(天池 真佐雄『ピアノの弾き方』絶版)に出会いました。

レッスンで習う以外の広い世界の存在を知り、楽書やピアノ雑誌『ムジカノーヴァ』(今よりもずっと専門誌)を読むようになります。

高校進学と将来の進路を考える中学3年の時、「いいピアノの先生になる!本当のことを教える先生になる!先生を代わる度に言われることが違うなんておかしい」と決意。

オリンピック候補選手として体操界に身を置き、引退後はコーチを務めた父とクラシックバレエをやっていた母の方針”ピアノがあるから勉強はできません、手を怪我するといけないからアレできません、コレできませんではダメだ、人間としてちゃんとしていないようでは所詮ろくなピアノは弾けない!”により、音大ではなく一般大学を志望。

ピアノと同じくらい本を読むのも勉強するのも好きなので、この選択は本当に正しかったと両親に感謝していますが、超絶ハードな高校時代を送りました。

大学に入った瞬間より「私はピアノの先生になるの!」と事あるごとに熱く語っていたら、大学2年の春休みに知人の紹介でピアノ教室の産休講師を務めることになりピアノ教師デビュー。

友人のヴァイオリン弾きのレッスンに伴奏者として同行したら、先生のリサイタルの伴奏を務めさせていただくことになりピアニストデビュー・・・そのまま卒業後もピアニスト・ピアノ教師となり、幼い頃からの夢は叶ったかのようでした。

「こんなはずではなかった」理想と現実のギャップに悩み続ける

夢は叶ったはずなのに、私の胸の内に広がるのは「こんなはずではなかった」という想い・・・

私は、ピアノが好きで弾き始めたので、親に練習するように言われたことがありません。

ところが、習いに来るのはピアノが好きな子ばかりではなく、むしろ、練習が嫌いな子が沢山います。
そもそも、ピアノが好きじゃない子供にピアノを習わせる親を理解できないので、子供を教えるのはやめて、受験生、大人やアマチュア対象のコンクールを受ける人を対象にしました。

受験生は合格し、コンクールを受けた人は相応の結果を出しました。

でも、何かが違う・・・

違和感と虚しさがどうしようもないくらい大きくなっていきました・・・

手の痛みや故障に悩むも自分で考えるしかなかった

ピアノが好きで弾き始めたものの、決して器用に何でもすぐに弾けるわけではない私は、本番のために人一倍練習しなければなりませんでした。

練習は苦ではないのですが、悩んだのは故障です。

チェルニー40番練習曲を弾くようになった小学6年生くらいには、手の痛みを覚えるようになり、ショパンの練習曲を弾くようになった高校時代からは湿布が手放せなくなっていました。

大学卒業後、フィンガートレーニングのレッスンに通い、以前よりも楽に弾けるようになるも、自分の理想イメージとは程遠く・・・

がむしゃらに練習していた30代半ばに、指の異変に気づくもだましだまし弾いていたら、ついにゆっくりスケールを弾くこともできなくなりました。

後にフォーカル・ジストニアについて知った時には、「これだったに違いない」とPCの前で震えました。2000年当時、今よりも治療法が進んでいなかったあの時に診断を下されていたらと思うとぞっとします(*今は音楽家の手の専門医がいますので異変を感じたら必ず専門医の診察を受けてください)。

指が動かない状態に悩みながらも、生来の好奇心は「指が動かないのはなぜだろう?そもそもなんでピアニストの指はあんなに自在に動くのだろうか?」と探求に走り、アレクサンダーテクニークなどの心身メソッドのレッスンに行ったり、メンタルトレーニングなどの研究・実践に夢中になりました。

自分の演奏法は自分で作るしかない

多くの人は、ピアノ教室でイチからレッスンを始めますが、私はピアノのレッスンを始める前に勝手に弾き始め、小学校時代の鼓笛隊・中学時代の吹奏楽部(アルトサックス吹いてました)やオーケストラでヴァイオリンを弾いた経験から音楽というものについて自分のイメージが育まれ、2005年ショパンコンクールから国際コンクールのネット配信で世界の若いピアニストの演奏を聴き、色んなセミナーや来日アーティストたちのマスタークラスを聴講して、自分の演奏についてのイメージはどんどんはっきりしていきました。

そもそも、演奏は「音楽とは何か?」という問いから始まります。

ある人は音楽とは愛だと言いました。
またある人は音楽は美だと言いました。

私にとっての音楽とは宇宙、すなわち、ミクロコスモスです。

自分の演奏法は自分で見つけて何とかするしかないと悟りました。

そして、自分の音楽を見つけて深め、自分の演奏を育てていくのが教育でありレッスンだと考えるに至ります。

(続く)

~♪~

愛知県生まれ。
15回の引越しを経て東京在住、夫と二人暮らし。

趣味は、クラシックバレエ、丁寧に淹れた紅茶でお茶時間、スマホ写真、囲碁(弱い初段)。

慶應義塾大学文学部卒業。専攻は音楽学。