指がもっと思い通りに動いたら、上手く弾けるのに・・・
どうしたら、もっと思い通りに指が動くようになるのか・・・
指や手の問題は、ピアノ弾きの宿命です。
ところで、「手」が大切なのは、ピアノ弾きや楽器奏者だけではありません。
NHKのTV番組『ボディミュージアム』で色んな世界のスペシャリストの「手」が紹介されました。
色んな視点で「手」を語ったこの番組、「手」についての視野を広げてくれる興味深いものでした。
Contents
手の動きは大きく分けて5つの運動機能に分類できる
番組は、手の機能から話が始まりました。
手の動きは大きく分けると、次の5つの運動機能に分類できます。
- 引っ掛ける
- 押す
- つかむ
- つまむ
- 握る
順に紹介しながら、ピアノを弾く手との関係を考えていきましょう。
引っ掛ける~猿が樹から樹へ飛び移るのは”保持力”
「引っ掛ける」手として紹介されたのは、スポーツクライミング選手。
スポーツクライミングの一流選手は、わずか6mmの幅さえあれば自分の全体重を支えられるとか・・・
どうやってトレーニングしているのかというと・・・
(番組中に紹介された)緒方良行選手は、基本的には、ぶら下がって懸垂するなど自分の体重を使っての筋トレを1日4~5時間、週に4~5日行っているそうです。
引っ掛けることに特化したスポーツクライミング選手は、反り返らせることが苦手とのこと。
クライマーの手は、握力が重要と思われがちですが、重要なのはむしろ「保持力」。
「保持力」とは、引っ掛けた状態をキープする力。どういう手の形をとるかが鍵になるとの事。
ちなみに、「保持力」は猿が樹から樹へ飛び移る時に使う力だそうで、子供の頃の遊具遊びを思い出しました。
・・・ピアノ演奏での引っ掛ける力は、長い音を保持する時に必要ですが、それは一旦押さえた鍵盤が上がってこないために必要なだけの力でいいので、重さにしてせいぜい約50gです。
なので、力としては大したことはないのですが、「どういう手の形をとるかが鍵」というのは考慮すべきですね。
押す~作曲家ごとに発達するピアニストの手の筋肉
「押す」動作で登場したのが、ピアニストの反田恭平さん。
ピアニストの手は、親指・小指の付け根の筋肉である母指球が発達していることが紹介されました。
反田さんの指の力をパワーセンサーで計測し、アマチュアピアニストと比較していましたので紹介します。カッコ内がアマチュアピアニストの測定値です。
- 親指:5.1(4.0)
- 人差し指:4.7(4.2)
- 中指:3.1(2.7)
- 薬指:2.5(1.1)
- 小指:3.5(1.3)
番組中でも触れられましたが、反田さんの場合、中指よりも小指の方が大きい値が出ました。
これは、モスクワ留学中にラフマニノフなど重量級の作品を練習しているうちに鍛えられたとのこと。
ちなみに、反田さんは楽曲(作曲家)ごとに鍛えられる筋力にこんな風に名前をつけているそうです。
【ラフマニノフ筋】
手を開いた状態で親指と小指を固定させる動きが大切で、指を開いた状態でもしっかり鍵盤を押さえられる。
【ショパン筋】
適度に力が抜ける薬指を多用。薬指は五本指の中で一番伸びのある音が出せる。
【リスト筋】
繁雑に用いられる親指と人差し指の間の筋肉。
ピアニストの手は、強さとスピードを兼ね備えていると紹介されたのですが・・・
一般向け番組だからでしょうが、う~ん、微妙。。。
本当に大切なのは、表現力ですよね。
強さもスピードも表現の一部分でしかありません。ただ強ければいいというものではないし、ただ速く動けばいいというものでもなく、そこがピアノを弾く時に最も重要で難しく永遠の課題なので、少しは触れて欲しかったな~と思いました。
つまむとつかむ~マジシャンと職人の手
「つまむ」と「つかむ」のふたつの動作は、ピアノの演奏とは微妙な関係にあります。微妙というのは、タッチを説明する時に比喩的によく使われるからです。
たとえば、”和音は叩くのではなくつかむ”と言われたりします。
このふたつの動作をまとめて、マジシャンと職人の手が紹介されました。
マジシャンは指先で語る芸ですから表現力が必要なんです
マジシャンの手としてMr.マリックが登場しました。
(写真はイメージ。Mr.マリック氏ではありません)
Mr.マリック曰く、
マジシャンは手の平が柔らかくないといけない。
赤ちゃんのように柔らかい手でなければならない。
なぜ、手のひらが柔らかくないといけないかというと、コインなどを手のひらに隠し持つために極めて鋭敏な感覚が必要だからなようです。
テレビで見るMr.マリックの手はプニョプニョと柔らかそうでした。
目にも留まらぬ速さで動き、どこに何を隠し持っているのか、マジシャンの手は本当に不思議ですが、そんな手についてこう語っていました。
マジシャンは指先で語る芸ですから表現力が必要なんです。
約10年かけて、こういう手を作るんですよ。
ピアノの演奏も、つまり「表現力」で、それは鍵盤とその向こうのハンマーがどう弦を叩いて音を出すかにかかっています。
・・・つまり、ただ「強く、速く、正確に」を目指すだけでは足りないですよね。
指先の延長に道具がなってくれることが一番理想的なんだよね
こんなに科学が発達して、何でも機械がやってくれる時代なのに・・・
なんと!職人技の方が機械よりもいい仕事をしているのです。
それが職人の手。
紹介されたのは、赤塚刻印製作所の赤塚正和さん。
職人は道具が命!
手の感覚だけで0.2mmの刃物を作るところから赤塚さんの仕事が始まります。
赤塚さんの仕事は、手作業で刻印を刻むことです。
刻印とは、時計の文字盤などに刻まれる企業のマークアクセサリーやメーカーロゴ、金属製品の型番や番号などの金属彫刻です。
セイコー、シチズン、トーヨータイヤ、日産自動車、ハーレーダビッドソンなどから赤塚さんご指名で注文が入るという達人。
なぜ、手作業なのかというと、
機会は限界がある。刃物は必ず回転するからたとえ1mmの刃物でも角は0.5mmアールついちゃう。
機械は尖った部分に刃先が入らないから丸まってしまいます、それがアール。その機械が入らないところを赤塚さんは手作業で仕上げるのです。
微細な仕事を支える赤塚さんの手はまさにセンサーです。曰く、
指先の延長に道具がなってくれることが一番理想的なんだよね。
番組の中で、最も印象に残ったのがこの言葉ですが、ピアノを弾く指も、本当に大切なのはこの感覚ではないでしょうか。
たたいてる時の感覚も含めて振動が指先に伝わると、このくらいの振動、このくらいの音、こういう感じでやったら、このくらい削れる。それさえわかるようになれば、指先の感覚が全てを支配する。
鍵盤に触れる指の感覚は、音を聴く耳とともに演奏の生命線です。
とかく、「速く、強く、正確に」動くトレーニングに注目されますが、音楽を表現するために大切なのは、鍵盤⇒ハンマーをコントロールできる感覚を研ぎ澄ました指。
ハンマーが指の延長になって弦を叩いて音を奏でてくれることが理想ですね。
握る~”おにぎり”は人間だけが握ることができる
握るというのは、実は人間だけにできる特別な動作だというのはちょっと驚きでした。たとえば、猿は人間のように握ることができないそうです。
なぜ猿は握ることができなくて、人間がものを自在に握れるかというと、それは長い親指のおかげなのです。
長い親指の動きを可能にしているのは、親指の付け根にある《鞍関節》。
《鞍関節》は、縦・横ふたつの方向に動かすことのできる関節で、この《鞍関節》のおかげで、人間は自在にものを握ることができます。
握ると言えば・・・
おにぎり!
おにぎりは、堅く握りすぎると美味しくないし、かといって柔らかすぎると崩れてしまいます。
その絶妙な加減を実現するのが指であり、指先の感覚ですね。
マジシャンの手も、
職人の手も、
おにぎりを握る手も、
そして、
ピアノを弾く手も、
導いてくれるのは感覚。
人間の手って凄いし、人間の感覚は素晴らしいです。
気持ちを伝える手~コミュニケーション機能
さて、手の機能は5つの運動動作だけではありません。
手には気持ちが表れます。
すなわち、コミュニケーション機能。
たとえば、様々な手のサインがありますが、OKサインは、なんと紀元前1世紀から使われているのです。
そして合掌する手、
合掌は掌を合わせると書きます。
いただきます、ご馳走さま、仏壇の前、お墓の前・・・
共通の想いが込められた印。手で気持ちを伝える人類共通の手段。
祈りや感謝の気持ちを表す合掌する手が人類共通というのはとても興味深いです。
手は、想いが動かす
さて、番組をずっと見ていて思ったのは、手は気持ちや想いやイメージと無関係に動くことはないということです。
見ている人を楽しませるマジシャンの手、
美しい刻印を彫る職人の手、
食べる人のことを想いながらおにぎりを握る手、
そして、サインを出す手、合掌する手・・・
だとしたら、ピアノを弾く指も、もっと気持ちや想いやイメージを強く持つことで、違ったものになるはず・・・
ピアノの演奏が鍵盤上の指の運動である側面は否定できませんから、指のトレーニングやウォーミングアップも必要ですが、それだけで演奏がよくなるわけではないんですよね。。。
本当にいい演奏をする人ほど、音楽について、作品について、作曲家について造詣が深く、よく考えているのは、その表れです。
番組の最後の言葉、
人は手を通じて社会とつながっているのね。。。
人とつながる感覚、つまり、作曲家と作品と聴いている人をつなぐのがピアノを弾く手なんだなと思いました。。。
【番組情報】
『ボディミュージアム』
2018年9月13日 夜21時 BSプレミアムにて放映より。