4月の音楽カレンダー(3)メニューイン・プロコフィエフ、オイストラフetc

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Inaの音楽カレンダーでは音楽家たちと作品を、誕生日・命日などに合わせて、ピアノ・弦楽器・管弦楽・・・の優先順位で紹介しています。

あなたの誕生日にゆかりの音楽家は誰でしょう?
記念日にゆかりの音楽家は?

嬉しい時に聴く音楽は喜びをさらに大きくしてくれて、
凹んだ時に聴く音楽は慰めをもたらしてくれます。

音楽のある毎日で心穏やかに、そして豊かにお過ごしください。

Inaの音楽カレンダーは、Inaのほぼ日クラシックTwitterでも毎日ご紹介しています。

Inaの音楽カレンダー4月


この記事を書いた人
Ina / 伊奈葉子

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


4/21はレオ・ブレッヒの誕生日

4月21日は、ユダヤ系ドイツ人指揮者・作曲家レオ・ブレッヒ(Leo Blech)の誕生日。

1871年ドイツ生まれのブレッヒは8歳で神童ピアニストとしてアーヘンで演奏会を開いたあと、16歳から4年間商科教育を受け、その後作曲とピアノを学び、22歳でアーヘン交響楽団の楽長を務めました。

同じ年に最初の歌劇《アグラヤ(Aglaja)》を作曲、上演。

28歳の年からプラハ・ドイツ歌劇場に勤め、ベルリン宮廷歌劇場(現ベルリン国立歌劇場)、ドイツ・シャルロッテンブルク歌劇場(現在のベルリン・ドイツ・オペラ)、ベルリン・フォルクスオーパー、ウィーン・フォルクスオーパーの指揮者を歴任。

ヒトラー政権下、ラトビアのリガ国立歌劇場の監督に転出、1940年ラトビアがソ連邦に占領されるとモスクワやレニングラードで客演して大成功を収め、モスクワ音楽院に院長を招請されるもこれを断り、結局スウェーデンに亡命、ストックホルム王立歌劇場の楽長に就任。

第二次世界大戦後の1949年ドイツに帰国、ベルリン市立シャルロッテンブルク歌劇場(現在のベルリン・ドイツ・オペラ)の音楽総監督に就任しました。

指揮活動のほかにオペラやオペレッタ、リートも描いています。

クライスラーとのベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲、洗練された趣味の良さと芯の強さが同居した魅力的な演奏です。

4/22はユーディ・メニューインの誕生日

4月22日は、ヴァイオリニスト ユーディ・メニューイン(Yehudi Menuhin)の誕生日。

1916年ニューヨークに生まれたメニューインは幼少時には神童として名を馳せ、後にイギリスに帰化し国際的な音楽活動に対してサーの称号が与えられました。爵位名はメニューイン男爵。

第二次世界大戦中には連合軍のために慰問活動に力を入れ、戦後も人道的な活動に携わるなど多忙を極めたことで一時演奏活動の危機に見舞われるも、精神世界への関心と精進によって乗り越え長く一線で活躍しました。

1962年にはユーディ・メニューイン音楽学校を開設、1984年にはポーランドにオーケストラ・シンフォニア・ヴァルソヴィアを設立し、自ら指導に当たりました。このシンフォニア・ヴァルソヴィアは毎年ラ・フォル・ジュルネに来日しています。

20歳過ぎても”ただの人”で終わらなかったメニューインの落ち着いた演奏で、ブルッフ ヴァイオリン協奏曲。サーの称号に相応しい上品で高貴な演奏です。

4/23はセルゲイ・プロコフィエフの誕生日

4月23日は、セルゲイ・プロコフィエフ(Sergei Sergeevich Prokofiev)の誕生日。

1891年ウクライナ生まれのピアニストで作曲家で指揮者のプロコフィエフは、9歳で最初のオペラ「巨人」を作曲する神童ぶりを発揮し、13歳でサンクトペテルブルク音楽院に入学。

27歳の時に日本経由でアメリカに亡命するも、30代後半に社会主義時代のソ連に帰国。波乱万丈な人生を送ります。

作品は、交響曲をはじめ管弦楽曲に、オペラ、映画音楽、バレエ音楽、そして室内楽にピアノ曲、合唱にと広いジャンルにわたりますが、プロコフィエフの音楽語法は独特で、スペシャルビューティーとも言われます。

ピアニストでもあったプロコフィエフの作品として、人気の高いピアノ協奏曲第3番。

アルゲリッチの若い頃の演奏が見つかりました。
凄いですね~。。。

4/24はジョヴァンニ・マルティーニの誕生日

4月24日は、イタリアバロックの作曲家・音楽理論家ジョヴァンニ・バッティスタ・マルティーニ(Giovanni Battista Martini)の誕生日。

1706年ボローニャに生まれたマルティーニは大バッハの息子J.C.バッハやモーツァルトたちに厳格対位法を指導し、またモーツァルトの父レオポルトは、息子ヴォルフガングの才能についてマルティーニに意見を仰いだと伝えられます。

マルティーニは『音楽史』『対位法教練』といった理論書と宗教曲も沢山描きましたが、出版されたものは少なく、現代最も有名なのは「イタリア古典歌曲集」にある「愛の喜びは」というタイトルで知られるこの作品でしょう。

時々結婚式の披露宴で歌っちゃう人がいますが、失恋の歌なのでタブーです。。。

4/25はソフロニツキーの誕生日

4月25日は、ヴラディーミル・ヴラディーミロヴィチ・ソフロニツキー(Vladimir Sofronitsky)の誕生日。

1901年サンクトペテルブルクに生まれたソフロニツキーは、ペトログラード音楽院時代にスクリャービンの長女エレーナと知り合い、のちに結婚。

スクリャービン夫人より、スクリャービンの後期の作品の正統派な演奏と認めらました。

かのギレリスとリヒテルがとても尊敬していて、ある時、ソフロニツキーが「ギレリスは天才だ!」と叫んだら、リヒテルは「ギレリスが天才ならあなたは神です」と答えたとか・・・

古い音源しか残っていないようで録音状態はどれも良くありませんが、それでも不思議にして怪しかったり、妖艶だったりあぶなかったりするスクリャービンの世界を堪能できます。

スクリャービン ピアノソナタ第4番 嬰へ長調 作品30です。

4/26はニコライ・ルガンスキーの誕生日

4月26日は、ニコライ・ルガンスキー(Nikolai Lugansky)の誕生日。

1972年モスクワ生まれのルガンスキーは、タチアナ・ニコラーエワ、セルゲイ・ドレンスキーらに師事、1994年22歳の時にチャイコフスキー国際コンクールピアノ部門における(1位なしの)2位受賞。

レパートリーは広いですが、私はラフマニノフがいいなと思います。ラフマニノフ 前奏曲 作品23-7、4、5をどうぞ。

4/27はイーゴリ・オイストラフの誕生日。

4月27は、イーゴリ・オイストラフ(Igor Davidovich Oistrakh)の誕生日。

名前でわかるようにダヴィッド・オイストラフの息子ですが、神尾真由子さんの先生で有名なヴァイオリニストを数多く輩出しているザハール・ブロンの先生でもあり、大谷玲子さんのブリュッセル音楽院時代の先生でもあります。

この演奏聴いてもさすがの域ですが、何しろダヴィッド・オイストラフが偉大すぎて、検索しても出てくるのはお父さんとのデュオばかり(バッハのドッペルコンチェルト)

親の七光りって大変なのですね~・・・と思ったりしました。

ソロのパガニーニ ラ・カンパネラをどうぞ。

4/28はパウル・ザッハーの誕生日

4月28日は、スイスの指揮者・作曲家パウル・ザッハー(Paul Sacher)の誕生日。

1906年スイス・バーゼル生まれのザッハーといえば、旧バーゼル室内管弦楽団(Basler Kammerorchester)とバーゼル・スコラ・カントルムです。

同時代音楽家のスポンサー・パトロン的存在として、作品委嘱に力を入れたのは、彼が世界的製薬会社(エフ・ホフマン・ラ・ロシュ社)オーナーの未亡人との結婚で手にした富によります。

バルトークやストラヴィンスキーなど恩恵を受けた音楽家は多数・・・

ザッハーの指揮、リパッティのピアノでバルトークのピアノ協奏曲第3番をどうぞ。

4/29はレスリー・ハワードの誕生日

4/29はオーストラリア・メルボルン出身のピアニストレスリー・ハワード(Leslie Howard)の誕生日。

1948年オーストラリア・メルボルン出身のハワードと言えば、フランツ・リストのピアノ作品全曲録音集が有名。ハワード以外には演奏した録音がないという作品も数多くあることで知られます。

ハワードはピアニストであるだけでなく、作曲家、音楽学者でもあり、リストの未完成作品の補筆も手がけています。

なので、リストの知られていない作品が聴けるのではないかと音源を探しましたが著作権上の問題でなかなか見つからずorz

メジャーな曲を紹介します。

リスト 『2つの伝説』より波を渡るパオラの聖フランシスです。

4/30はフランツ・レハールの誕生日

4月30日は、メリー・ウイドウワルツの作曲者フランツ・レハールの誕生日。

1870年ハンガリー・オーストリア帝国に生まれたレハールは、1905年35歳の年に「メリー・ウイドウ」を作曲。あのアドルフ・ヒトラーがとても気に入り、レハールはスコアを贈っています。

そのおかげでレハール夫人はユダヤ人であったにも関わらず、レハールはナチス体制下で庇護を受けるのですが、それが戦後になって非難されることになります。

甘いメロディーが人気の「メリーウイドワルツ」ですが、何とも皮肉です。。。

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