3月の音楽カレンダー(2)ヨハン・シュトラウス1世、リパッティ、リヒテルetc

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3月11~20日ゆかりの音楽家たちを紹介しています。

あなたの誕生日にゆかりの音楽家は誰でしょう?
記念日にゆかりの音楽家は?

嬉しい時に聴く音楽は喜びをさらに大きくしてくれて、
凹んだ時に聴く音楽は慰めをもたらしてくれます。

音楽のある毎日で心穏やかに、そして豊かにお過ごしください。

Inaの音楽カレンダーは、Inaのほぼ日クラシックTwitterでも毎日ご紹介しています。

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クラシック音楽がある幸せ。。。 素晴らしい作品を生み出してくれた作曲家、 感動的な演奏を聴かせてくれる演奏家たちの 誕生日や記念日...


この記事を書いた人
Ina / 伊奈葉子

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


3/11はアントニオ・バッジーニの誕生日

3月11日は、アントニオ・バッジーニ(Antonio Bazzini)の誕生日。

1818年イタリア生まれのバッジーニは、少年時代にパガニーニを聴き、その超絶技巧に大きな影響を受けヴァイオリニスト・ヴァイオリン教師、作曲家になりました。

晩年はミラノ音楽院でカタラーニ、マスカーニ、プッチーニなどを教えています。

バッチーニとも呼ばれる彼の代表作は、パガニーニに優るとも劣らない超絶技巧の「妖精の踊り」でしょう。

これをニコニコと楽しそうに弾くのはパールマンくらいじゃないでしょうか。

簡単そうに弾いているのはパールマンだからです。

3/12はユーディ・メニューインの命日

3月12日はのユダヤ系ヴァイオリン・ヴィオラ奏者、指揮者、音楽教師ユーディ・メニューインの命日。

ニューヨーク生まれ、幼少時には神童として名を馳せ、後にイギリスに帰化しサーの称号が与えられたメニューイン男爵は、1999年ベルリンで82歳の生涯を閉じました。

第二次世界大戦中には連合軍のために慰問活動に力を入れ、戦後も人道的な活動に積極的に携わるなど多忙を極めたことから過労による身体の故障に悩まされた時期がありましたが、精神世界への関心・ヨガや菜食主義の実践によって乗り越え、長く一線で活躍しました。

1962年にはイギリスにユーディ・メニューイン音楽学校を開設、1984年にはポーランドにオーケストラ・シンフォニア・ヴァルソヴィアを設立し自ら指導に当たりました。このシンフォニア・ヴァルソヴィアは毎年「ラ・フォル・ジュルネ」に来日しています。

75歳のバースディ・コンサートのビデオ、2’50くらいからヴィヴァルディ4つのヴァイオリンのための協奏曲第1楽章を弾いています。

孫ほど歳の離れている若い演奏家たちと一緒に演奏する姿に、音楽って「音」じゃないんだなということを改めて想います。。。

3/13はジェラルド・ムーアの命日

3月13日は、イギリス生まれカナダ育ちのピアニスト ジェラルド・ムーアの命日。

歌手やソリストに従属した”伴奏ピアニスト”から、共に音楽を創造する”共演ピアニスト”へと地位向上させたムーアは、1987年イギリスで生涯を閉じました。

ムーアの著書『お耳ざわりですか―ある伴奏者の回想』(邦訳あり)には、共演者の実名公開でその仕事の舞台裏が綴られていて、とても興味深いです。

伴奏者として知られるムーアですが、自身の編曲でシューベルト「楽に寄す」をレコーディングしています。

数々の名歌手と共演しているムーア、さすがの”歌う”ピアノです。

3/14はテレマンとヨハン・シュトラウス1世の誕生日

3月14日ホワイトデーに生まれたのは、
バロックを代表するゲオルク・フィリップ・テレマンと
「ワルツの父」ヨハン・シュトラウス1世です。

3/14 その1.ゲオルク・フィリップ・テレマン

3月14日はバロック後期の作曲家ゲオルク・フィリップ・テレマン(Georg Philipp Telemann)の誕生日。

1681年にドイツに生まれたテレマンは音楽家の家系ながら、母は彼が音楽の道に進むことに反対したため、隠れて独学で作曲の勉強をした根性の人です。

作曲のみならず、オルガン、ハープシコード、リュートなど沢山の楽器を演奏し、特にリコーダーで名手でもありました。また、ドイツのみならず、ヨーロッパ各国の舞曲を研究したテレマンの作品は粋で華やかな作風により、当時のヨーロッパで最も人気ある音楽家の1人として大成功しました。

現代でも人気の『ターフェルムジーク(Tafelmusik)』は「食卓の音楽」という意味の3つの曲集からなる室内楽作品集は、管弦楽組曲、コンチェルト、クヮトゥオル、トリオ・ソナタ、ソロ・ソナタという様々なスタイルと楽器を使った器楽合奏曲であることから、「バロック音楽の百科全書」とも呼ばれます。

『ターフェルムジーク』第3集より第1曲より
序曲(管弦楽組曲) 変ロ長調 TWV 55:B1
編成は、2つのオーボエ、ファゴット及び弦楽合奏と通奏低音です。

3/14 その2. ヨハン・シュトラウス1世

3月14日はヨハン・シュトラウス1世(Johann Strauss I.)の誕生日。

1804年ウィーン生まれのヨハン・シュトラウスは生前「ワルツ王」と呼ばれるも、死後に長男ヨハン・シュトラウス2世にその名を(意図せず)譲り、自身は「ワルツの父」と呼ばれます。

ヨハン・シュトラウス1世の代表作と言えば、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの最後を締めくくるラデッキー行進曲です。

この作品の背景には、1848年に勃発した三月革命があります。

リベラルな体制を望んだものの君主制が倒れることを望まなかったヨハン1世は、オーストリア帝国の英雄ヨーゼフ・ラデツキー将軍を讃えて『ラデツキー行進曲』を作曲しました。革命派からは裏切り者呼ばわりされることとなったものの、政府軍の士気が上がり、「ウィーンを革命から救ったのは、ヨハン・シュトラウスである」とまで言われたのです。

私Inaのお気に入りジョルジュ・プレートル指揮、2010年のニューイヤーをどうぞ。

3/15はエドゥアルド・シュトラウスの誕生日

3月15日はエドゥアルド・シュトラウスの誕生日。

「ワルツの父」ヨハン・シュトラウス1世の四男として、1835年ウィーンに生まれました。

エドゥアルドが生まれる頃、父ヨハン1世は愛人宅にいることが多かったため父親とほとんど接することなく育ちますが、長兄である「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世の強引な勧めにより音楽家になります。

作品は、父と長兄ほどに有名ではありませんが、指揮の腕前は卓越しておりおよそ30年にわたってオーストリアの宮廷舞踏会音楽監督を務め、遺言によりその制服姿でウィーン中央墓地に埋葬されました。

『急行列車』をフランツ・ウェルザー=メスト指揮による2011年ウィーンフィル・ニューイヤーでどうぞ。。。

3/16はクリスタ・ルートヴィッヒの誕生日

3月16日は、ドイツのメゾソプラノ歌手クリスタ・ルートヴィッヒ(Christa Ludwig)の誕生日。

1928年に、歌手であった両親のもとに生まれたクリスタ・ルートヴィッヒは、母から声楽を学び、フランクフルト大学に入学、1946年にフランクフルト・アム・マインでオペレッタ『こうもり』のオルロフスキー公爵を歌いデビュー、1954年からハノーファー国立歌劇場に所属。

1955年27歳の時にカール・ベームに認められてウィーン国立歌劇場の一員となって活躍の場を正解に広げ、1962年34歳にして宮廷歌手の称号を受けました。

温かい声で知的な表現は『カルメン』のような役で聴き手のイマジネーションを掻き立てます。「ハバネラ」をどうぞ。。。

3/17はショパン ピアノ協奏曲第2番が初演された日

3月17日は、フレデリック・ショパンが自身のピアノ協奏曲第2番をワルシャワで初演、ピアニストデビューした日です。

実際には2番の方が1番よりも先に描かれているのですよね。

瑞々しい感性と自由な発想や大胆な試みに若きショパンの野心さえ感じられるこの作品、初演日に聴きたいのは、

ピアノ:シャルル・リシャール=アムランのピアノ
指揮:グジェゴシュ·ノヴァック
管弦楽:シンフォニア・ヴァルソヴィア

2016年ワルシャワでの演奏をどうぞ。。。

3/18はリムスキー・コルサコフの誕生日

3月18日は、ロシア五人組のひとり、リムスキー=コルサコフフ(Nikolai Andreyevich Rimsky-Korsakov)の誕生日。

1844年、ロシアの軍人の家庭に生まれ、早くから楽才を示すものの12歳で海軍兵学校に入学。

ピアノを始めたのは15歳で、17歳から本格的に作曲を始めたという晩学派です。

作曲技法はほぼ独学ですが、いきなりペテルブルグ音楽院の作曲と管弦楽法の教授に任命されてしまいました。それからコツコツと勉強した成果は、日本でも有名な和声学や管弦楽法の教科書になっています。

弟子にはグラズノフストラヴィンスキー、リャードフ、アレンスキー、プロコフィエフなどがいて、ロシアの代表的な作曲家が彼の影響を受けています。

明るく色彩豊かで各楽器の華やかな技巧も披露されるエンターテインメント的作品『スペイン奇想曲』をどうぞ。

3/19はディヌ・リパッティの誕生日

3月19日は、ピアニスト ディヌ・リパッティ(Dinu Lipatti)の誕生日。

ピアノ弾き、特にショパンが好きな人なら一度は夢中になるディヌ・リパッティは1917年ルーマニアに生まれました。

かのアルフレッド・コルトーに見いだされるも、師よりも先に逝ってしまいます。

33歳で夭折する直前のブザンソン告別演奏会、そのワルツ集は今なお名盤と言われ、哀しいほどに美しい演奏は、私もかつてしびれるほど好きでした。

誕生日なので、ラヴェルの「鏡」より「道化師の朝の歌」にしましょう。

純度の高い響きと洗練された演奏です。

3/20はスヴァトスラフ・リヒテルの誕生日

3月20日は、ピアノ弾きなら知らない人はいないスヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Teofilovich Richter)の誕生日。

ドイツ人ピアニストの父と素封家の母のもと、1915年ウクライナで生まれました。

父親は彼をピアニストにする気はなく、さらに両親は別れてしまったこともあり、リヒテルのピアノは独学で始まります。

15歳で劇場ピアニストの職を得て、19歳で小さなリサイタルを開き、22歳でようやくモスクワ音楽院に入学して、かのネイガウスに師事。

ネイガウスはリヒテルに教えることはなかったと言っていまして、ネイガウスの本にはリヒテルの名前が度々登場し、高く評価していたことが伺われます。

要するに、リヒテルは本当に独学で大家になってしまったわけです。すごいですね~。。。

第二次世界大戦が終結した1945年に30歳の彼ですが、時は米ソ冷戦時代、その演奏が西側に知られるようになるには時間がかかりました。

1959年にドイツグラモフォンがワルシャワに乗り込んで行われたこのラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番は歴史的名盤と言われています。

冒頭からズシンとお腹に来るような凄い重厚感にピアノってこんな響きがするんだと驚かされます。

かと思えば、繊細でリリカルな表現で魅了され、その幅の大きさはオーケストラを凌ぐレベル。

正直、ラフマニノフはあんまり好きではないのですが、これはいいですね。。。

傷つきやすい巨人と評されたリヒテルの名演をどうぞ。

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