ドミトリー・マスレエフ ピアノリサイタル~イメージの威力

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久しぶりに梅雨らしい空となったこの日、浜離宮朝日ホールでドミトリー・マスレエフ ピアノ・リサイタルを聴きました。


この記事を書いた人
伊奈葉子 / Yoko Ina

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛する伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


2015年チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門優勝者

マスレエフは1988年、ロシア生まれ。
モスクワ音楽院でミハイル・ペトゥホフに師事し、2014年に同大学院を修了。
2010年より毎年各地の国際コンクールで入賞、2015年、ついにチャイコフスキー国際コンクールピアノ部門で優勝し、一躍世界に名を知られるようになった時の人です。

昨今、世界中のコンクールがネット配信されているので、こんな大きなコンクールに出てくる人は、既に活躍している有名人が多いのですが・・・

マスレエフを、知っている人は少なかったのではないかな。
私も、チャイコンで初めて知りました。

前評判が高かったのは、むしろ2位のルーカス・ゲニューシャスや、予備選で落ちてしまったニコライ・ホジャイノフ、アレクサンダー・ルビヤンツェフなどなど・・・

有名人、人気者が沢山いる中で、マスレエフはじわじわと存在感を表し、最後には聴衆も審査員も納得で優勝を手にしました。

コンクールの演奏を、ネットで聴いた印象では、

端正で、芯が強く、正統派。
特に際立つ個性がどうと言うより、
王道を行く凄さに、惹きこまれる・・・

そんな感じでした。

是非、ライブを聴きたい!

この日を楽しみにしていました。

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敬虔で美しいバッハ:パルティータ第1番

さて、ステージに登場したマスレエフは、ロシア人にしては、細身の長身。
日本人なら、知り合いにひとりはいるでしょ、こんな青白い真面目なインテリ、お坊ちゃま・・・という風貌。

はにかんだ表情で恥ずかしそうにお辞儀をして、さっさとピアノに向かいました。

1曲目は、J.S.バッハ パルティ―タ第1番。

この曲の最初のトリルってちょっと嫌なのよね・・・

という私の心の声をかき消す美しい演奏。。。

降ってくるような敬虔さをたたえたプレリュード、
天使の飛翔を思わせるアルマンド、
明快に弾けるクーラント、
朗々と響き渡るサラバンド、
軽快なメヌエットIとオルガンを思わせるメヌエットII、
くるくる回る華やかなジーグ。。。

この曲、こんなにいい曲だったのね。
ありがとう!マスレエフ!

・・・と、1曲目から、大満足。。。

ドラマティックなシューマン:ソナタ第2番

美しいバッハに、マスレエフは真面目で上品なピアニストかと思ったら、2曲目のシューマンでは、その細身で穏やかな外見からは想像できない激しさと強さに驚かされました。。

そもそもシューマンは、とても複雑です。

笑ったかと思ったら、憂鬱になるし、
皮肉を言ったかと思えば、愛を語る・・・
気まぐれで気難しく、
そして、永遠のお子ちゃま・・・

そんな、複雑で情熱的、「innig」というドイツ語で表される、心の奥深くからにじみ出るような感情、これこそ、まさにシューマンという世界を聴かせてくれました。

ドラマティックな1楽章、
心に沁みる2楽章、
軽やかでウィットに富んだ3楽章、
駆け抜ける4楽章。

・・・心の琴線を震わせ、鳥肌が立つような演奏でした。

怖いほどに惹きこまれる・・・

シューベルト/リスト「水に寄せて歌う」は、まるで水面も漂っているような錯覚に陥るほど・・・、

現実と夢との境が怪しくなったところで、豹変したように始まったのは、リストの超絶技巧練習曲集第8番「狩」。

この曲のタイトル「狩」って、森の狩猟ではなく、「死者の群れ」なのですよね。

プログラムノートによれば

嵐の夜に魔王に率いられて死霊が狩を行うという、古い伝説をモティーフとしている。

・・との事。

この曲の本当の姿を初めて聴いたと思うほどに、凄い演奏でした。

青白い真面目なインテリかと思って安心して付き合っていたら、

えっ!もしかしてドラキュラ!?

みたいな感じ。

あっ、マスレエフがドラキュラなのではなく、それくらい、まるで違う音楽を聴かせてくれたってことです。

マスレエフは「弾けてしまう」タイプのピアニストではない

もてあそばれたような凄い演奏に、放心状態で休憩時間を過ごし・・・

後半はチャイコフスキー18の小品より、4曲。

聴いていて、2007年のチャイコフスキー国際コンクール最高位だったミロスラフ・クルティシェフを思い出しました。

クルティシェフは、幼少時より神童として活躍しています。
それは、身体が音楽に反応して弾けてしまう天性によるところが大きい。
だから、舞曲はとても面白いのです。
初めて彼を聴いた時、マリンスキー劇場で踊れそうだなと感じたほどでした。

その演奏を思い出しちゃったということは、つまり、マスレエフの音楽は、身体が反応するというより、イマジネーションなのです。

ゆえに、指が動いて仕方なくて、何でも難なく弾けてしまうピアニストというより、熟考して、イメージを育て、そして、丹念に演奏を創り上げていく・・・

外見の真面目さよりも、実際はさらに真面目でストイックなのではないかと想像しました。

「五拍子のワルツ」や「少しショパン風に」の舞曲の形式で書かれた音楽も、踊るリズムを身体で感じる演奏というより、心象風景として広がる、そんな演奏です。。。。

クルティシェフと対照的なのが、とても興味深かったです。。。

イメージって決定的に大事だと思った

・・・で、内面的な音楽を志向するマスレエフの本領は、メトネルで遺憾なく発揮されました。

「追憶のソナタ」と記された、美しい幻想の世界は、そのはかなさゆえに心をとらえ、魅了されます。
音楽を聴いているというより、どこか別の次元へ連れて行かれる不思議な空気。
・・・消え入るように終わり、拍手する隙を与えず、深まる静寂・・・

そのまま「死の舞踏」へ・・・

一瞬にして、闇に突き落とされ、引きずり回されました。。。

戦慄に震えながら、イメージって大事だと思った。
「思考は現実化する」とは、デール・カーネギーの名著のタイトルですが、まさにその通り!
考えていることが演奏になる。

イメージが音楽になるのであって、指だけ一生懸命動かしていてもこういう世界は描けない。
当たり前なのだけれど、忘れがちなことを改めて痛感しました。

そして、マスレエフの魅力は、そのイメージ力そのものであり、そのイメージを実現しようとする強い意思が切り開いた世界そのものなのです。

凄いぞ!マスレエフ!

アンコールは何と6曲!

ドラキュラか、死神か、みたいな凄い演奏を披露したマスレエフは、弾き終えると、安堵の表情を控えめに浮かべ、やはりはにかんだ笑顔でチョコンとお辞儀してさっさと袖に引っ込んでしまいました。

すぐに、カーテンコールに表れたのは、きっとステージマネージャーに促されたのでしょう。
そして、2度目に登場した時には、さっとアンコールを弾いてくれました。

ハイドンは、チャイコンの時にも印象にある、明るく澄み切った演奏。

このハイドンに始まり、なんと6曲のアンコール!
どれもよかったけれど、最後のノリノリのカプースチンに、マスレエフくん、ドラキュラじゃなくて人間だよねって、ほっとしたかな。。。

ともあれ、マスレエフくん、チャイコン優勝者にしては地味な扱いだったけれど、彼は本物だよ。
今に、巨匠、マエストロと呼ばれること、間違いありません。

ずっと聴き続けたいピアニストです。

素敵な夜をありがとう。。。

ドミトリー・マスレエフ ピアノ・リサイタル

☆プログラム☆

J.S.バッハ:パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825
シューマン:ピアノ・ソナタ 第2番 ト短調 作品22
シューベルト/リスト:水に寄せて歌う 作品72
リスト:超絶技巧練習曲集 第8番「狩」

<休憩>

チャイコフスキー:18の小品より
 第14番 悲しい歌
 第15番 少しショパン風に
 第16番 五拍子のワルツ
 第18番 踊りの情景、トレパークへの誘い
(*演奏順に並べ替えました)

メットネル:忘れられた調べ 第1集 作品38より
 第1番 追想のソナタ イ短調

サン=サーンス/リスト/ホロヴィッツ:死の舞踏

☆アンコール☆

ハイドン:ソナタハ長調Hob48第2楽章
チャイコフスキー:子守唄Op72-2,
メンデルスゾーン:真夏の夜の夢よりスケルツォ
チャイコフスキー:性格的舞曲
スカルラッティ:ソナタニ短調
カプースチン:トッカティーナ

2016年6月13日(月)19時開演 浜離宮朝日ホール

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