ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル2018|この世のものではない世界

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世間はFIFAワールドカップ2018で盛り上がってますが・・・

サッカーがよくわからない私に(大迫選手と高校時代に対戦した選手の言葉)

もう、ホントに半端ないって・・・
ふつーあんなこと出来へんやん。

あの言葉をそのままつぶやきたい気分にさせてくれたのがヴァディム・ホロデンコ。

素晴らしいピアニストは沢山いますし、好きなピアニストも沢山います。

でも、ホロデンコは別格です。

2018年6月26日(火)浜離宮朝日ホールでのヴァディム・ホロデンコ ピアノ・リサイタルを綴ります。


この記事を書いた人
Ina / 伊奈葉子

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


ロマン派ピアニズムの核心に迫る

チラシが、冒頭のデザインから、なぜか途中で↑に変わったんですよね。

私としては、「怪物」というより「宇宙人」なのですが、それよりも興味深いのが

ロマン派ピアニズムの核心に迫る

というサブタイトル。

彼自身によるプログラムノートにはこうあります。

今回のプログラムを組むにあたり私が一番こだわったのは、後期ロマン派の先駆けであるショパンから、表現主義的なスクリャービンまでの流れを一望することでした。

この言葉、リサイタルを全て聴き終わった時に深くうなずき、納得しました。

ミステリアスなラフマニノフ|私がラフマニノフに共感できない理由

ラフマニノフで始まったホロデンコのリサイタルですが・・・

実は、私、ラフマニノフがあまり好きではないのです。

だって、暗くて重くて、閉じこもっていて、諦めている感が漂っていて・・・

聴いているとお腹のあたりに重いものが溜まって気が滅入ってくるからです。

ラフマニノフは日本人のメンタリティに合うとかで、広く人気ですが、正直、私はよくわかりません。

歴史的名演や、最近ではロマノフスキーやホジャイノフなど凄いなと感動した演奏があります。でも、それは、彼らの演奏に感動したのであってラフマニノフ自体への共感ではないのが正直なところ・・・

その理由が、彼自身のプログラムノートの言葉でわかりました。

私にとって、ラフマニノフはいくぶんミステリアスな作曲家です。人々は、彼の音楽の”親しみやすさ”に惑わされ、象徴主義的な側面を見落としがちです。ロシア詩壇の「銀の時代」の詩に似て、語彙はとても分かりやすい一方で、合図や象徴、比喩、指示的意味がひしめきあっていて、作品の根底にある深意はほとんど説明できないのです。

そうなんですよね〜。

一見、耳触りがよかったり、口ずさめそうだったり、ノリがよかったりするメロディがウケているのだと・・・

けれど、その耳触りの良いメロディの後ろで響くのは、何とも不気味だったり、奇妙だったり、とても心地よいものではありません。私は、その乖離に戸惑い、病的なものに嫌悪さえ感じるのです。

ホロデンコの演奏には、妙なセンチメンタルが一切ありませんでした。耳触りのよいメロディは作品全体の一部であって主役でも何でもない、むしろ伴奏だと思われている方にこそ真意があるのだという、初めて聴くラフマニノフの世界でした。

ピアノ弾きたちに人気のラフマニノフ『鐘』こと幻想的小品集第2曲「前奏曲」Op.3-2で始まり、前奏曲Op.23より第1、2番までの3曲を「プレリュード、インテルメッツォ、フィナーレ」のように演奏して、一旦袖に引っ込みました。

ちょっと脱線しますが、『鐘』Op.3-2はラフマニノフがモスクワ音楽院を卒業した翌年の1892年に作曲され自身の初演が大成功して一躍有名になったいわば出世作です。

クレムリンの鐘に着想を得たと言われていますが、冒頭の音はこの「イワン大帝の鐘楼」にある「ウスペンスキー鐘」じゃないかと想像しています。

クレムリン宮殿には宮殿と大聖堂が様々あり、それぞれに鐘があります。

たとえば、このような「鐘の音」は20以上の鐘をたった一人で両手両足を総動員で鳴らすのだとか・・・

話をリサイタルに戻しましょう。

再びステージに登場した彼は、「昔々あるところに・・・」という語りのような前奏曲Op.23-3からOp.23-4、5とOp.32-5、11、12を、彼の得意なメトネルの「おとぎ話」を彷彿させるオムニバスのように演奏しました。

ひとつひとつの作品が描く情景のユニークで魅力的なこと!

有名なOp.23-5、これ、私のラフマニノフの中でも特に苦手な曲のひとつですが、彼はよく聴く演奏とは全く違い、とても軽やかに躍動的に演奏しました。

聴きながら思ったのは・・・

これは、手の小さな人が頑張ってやっとこさ弾いても絶対にそれっぽくならないということです。

最後は人気のOp.32-12で、彼の言葉通り”ミステリアス”に閉じられました。

思うに、ラフマニノフは、彼自身、自分の考えていることや、何をどうしたいのかわからなかったのではないでしょうか。

頭の中には、いつも幻覚や妄想があふれていて、現実との境がなく、湧き出るそれらの想いに溺れていた人だったのではないかと感じました。

ラフマニノフは、世紀末に生まれ20世紀に活躍した人ですが、当時流行った実験的な音楽には目もくれず、最初から最後まで長調と短調の枠組みに留まり続けました。

出たくても出られなかったのかもしれませんし、ふつーでいたかった人なのかもしれません。

ホロデンコのラフマニノフにそんなことを感じながら、同時に多くの日本人がラフマニノフが好きな理由がわかるような気がしました。

ホール横の小さな公園にて。

愛(アガペー)の花(アンサス)、アガパンサス。

時代の流行とは一切の接触を立った作曲家スクリャービン

ラフマニノフが苦手な私、同じ年生まれで1884年13歳の歳からズヴェーレフの音楽寄宿学校で一緒に学んだスクリャービンはしびれるほど好きです!

ホロデンコはプログラムノートにこう書いています。

スクリャービンは、時代の流行とは一切の接触を断った作曲家でした。彼の芸術は、何の枠にもはまらない独自のものでした。

そう、流行とは無縁、何の枠にもはまらない独自の世界こそ、スクリャービンの魅力!

スクリャービンは初期こそ「ロシアのショパン」と称される後期ロマン派的音楽を描きましたが、後期には「神秘和声」という独自の世界を創造します。その過渡期であり神秘和声への入口にあるのがこの第5番のソナタ。

単一楽章で描かれ、転調という枠組みを超えた自由に飛翔する響きの作品。

冒頭、再新の宇宙船発射を思わせ、間もなく一億光年の彼方へ連れて行かれました。

もはやピアノの音ではありません。

音楽はミクロコスモスですけれど、ホントに銀河系の彼方に連れていかれました。

時空を超えた「未知との遭遇」の世界です。

途中で地響きがすると思ったら、本当の地震だったのですが、彼の演奏でホール全体が揺れたとしても不思議じゃない、そういう世界でした。

最後は、完全に余韻が消えるまで体感的に30秒はあったであろう、すべてが融ける時間。

その静寂を共有できたことは何物にも代えがたい喜びです。

今までの固定観念を完全に打ち砕かれたショパン練習曲Op.25

休憩後は、ショパンエチュードOp.25。

どんな難曲も事もなげに当たり前にすがすがしく弾いてしまうホロデンコ。

リストの超絶技巧練習曲全曲をヴァン・クライバーンでも、優勝して来日した2013年秋にも演奏している彼は、ショパン練習曲といえば何かと話題になるポリーニのあのCDを超えるんじゃないかとか勝手に期待していたら・・・

完全に肩透かし、裏切られました、いい意味で。。。

第1番「エオリアンハープ」が霧の中で風に乗って響く笛の音なら、第2番が闇夜に静かに雨降る情景なのは想定内としても、3番も4番も5番も、ず~~~っと静寂なのです。

ディナーミクは、体感的音量としてpppからp、楽譜にfと書いてあってもせいぜいmp。

嫌でも耳を澄まして演奏を聴き入るうちに、ショパンの言葉を思い出しました。

リストは何千人もの人に聴かせる様に弾くが、
私はただ一人の人に聴かせるために弾く。

そう、静かに聴く人1人ひとりの心の内にそっとささやくような演奏でした。

多くのコンクールで必ず課題曲として演奏されるあれは一体何なのかとあざ笑うかのような、静謐で美しい世界。

クラシック音楽の本質は静寂だと思っている私ですが、静寂のなんたるかを改めて思い知らされた。

第1番から第9番『蝶々』まで夢のようにはかなくも美しい世界が広がり、長めに間をとった後、第10番は溜まったマグマが噴出!

第11番『木枯らし』、第12番『大洋』が今まで聴いた中でもかなり遅く、細かい音符を一音一音歌うかのよう。

そうだ、ショパンはベルカントを理想としたんだよ。

今まで聴いていたのは一体何だったのでしょう。

昔習ったのは一体何だったのでしょうね。

ショパンのエチュードに抱いていたイメージや固定観念がこっぱ微塵に打ち砕かれました。

頑張った(過去形というより現在進行形)自分が虚しくなりました。。。

有名なポリーニのCDも、コルトーも、みんな霞んでしまうような美しすぎる世界でした。

あれは、この世のものではないです。

熱い拍手に応えて演奏してくれたのは、

スクリャービン『焔に向かって』とショパンのノクターンOp.48-2。

ピアノは、音色も音量も幅の広い楽器で、だからこそひとりオーケストラのような大きな世界を描ける楽器です。

とは言え、このホロデンコの、多彩さとキャパの大きな演奏は尋常ではないです。

怪物か、宇宙人か・・・

どちらにしろ、人間ではありません。

ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル 2018 プログラム

ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル 2018 プログラム

ラフマニノフ 幻想的小品集より前奏曲 嬰ハ短調「鐘」
ラフマニノフ 10の前奏曲 Op.23より第1、2、3、4、5番
ラフマニノフ 13の前奏曲 Op.32より第5、11、12番

スクリャービン ピアノソナタ 第5番 Op.53

<休憩>

ショパン 12の練習曲 作品25

☆アンコール

スクリャービン 焔に向かって Op.72
ショパン ノクターン 第14番 Op.48-2

【日時】2018年6月26日(火)19時開演
【場所】浜離宮朝日ホール
【ピアノ】ファツィオリF308

番外編|ホロデンコは化けた!

前回、ホロデンコが来日したのは、2016年10月。

3月に彼を襲った悲劇の後で、

人生とは?
生きるとは?

ということを考えずには居られない演奏でした。

ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル2016~表現するのは感情ではなく音楽
台風と秋の長すぎる長雨が去り、ようやく秋らしい爽やかな陽気となった10月7日金曜日、ウクライナ出身のヴァディム・ホロデンコ ピアノリ...

あれから2年近くが経ち、彼は化けていました。

2007年エリザベート王妃国際音楽コンクール当時の彼は、純粋にピアノと音楽が好きな、アーティストというよりオタク系。好きなことにのめりこんでいる雰囲気でした。

2009年(と思われる)に結婚し、愛する家族のために頑張っていたのが2010年の仙台国際コンクールや2011年シューベルト国際コンクールなど、世界各地のコンクールを転戦し・・・

2013年ヴァン・クライバーン国際コンクールで優勝し、一躍世界を飛び回るようになったものの2016年の悲劇・・・

家族を失った彼は、なぜピアノを弾くのか、なぜステージの上で演奏するのか、以前には自覚していなかった何かを見つけたようでした。

自分の好きなことに単にのめりこむのではなく、

彼の家族のためでもなく、

音楽のため、
芸術のため、
作曲家のため、
聴衆のため・・・

そして、世界のために・・・

彼の家族との幸せな記憶は、昇華され、普遍的な愛となって音楽を愛する人と世界全体に降り注ぎました。

彼の最新CDはスクリャービン。

Thank you very much!
Your music always makes me happy, very happy.
Especially tonight, your play is out of this would.
Thank you very much︎!!

そう伝えたら、とても柔和な優しい笑顔で

Thank you very much.

と返してくれて、隣にいらしたスタッフのおじさんも「うん、うん・・・」と笑顔で大きくうなずいてくださいました。

素晴らしい音楽はみんなを笑顔にして、世界を幸せで満たします。