音楽界の甲子園?!オリンピック?!|コンクールを聴こう

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子供の頃から身体を動かすことが苦手で、
体育の時間は苦痛で、
スポーツ全般に興味のない私ですが・・・

甲子園野球やオリンピック・FIFAワールドカップは思わず引き込まれ、熱くなります。

そんな感動をクラシック音楽でも味わうことができるのが、コンクールです。

クラシック音楽好きだけど、演奏会へ行ったことがないというあなた、
コンクールを聴きに行きましょう!


この記事を書いた人
Ina / 伊奈葉子

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛するInaこと伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


純粋でひたむきって素晴らしい!|コンクールの魅力 その1

甲子園野球が面白いのは、何と言っても純粋でひたむきだからです。

連日プレイしなければならないプロ野球選手と違い、今日勝たなければ次はない彼らの捨て身のダイナミックなプレイは観る者の心を震わせます。

同じように、10代や20代前半の若い演奏家が参加する音楽コンクールの純粋でひたむきな演奏には胸打たれるものがあります。

コンテスタント(コンクール参加者)のエネルギーは、漫然と日常を過ごしている自分へのカンフル剤にもなります。

色んな演奏者や演奏を沢山聴くのは楽しい|コンクールの魅力 その2

コンクールというのは、演奏時間や曲目に制約があります。

たとえば、国内で最も権威あるコンクール日音コンこと日本音楽コンクールのピアノ部門第1次予選では、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームスの指定された曲目から1曲を選んで演奏します。詳しくはこちら

ということは、1日に同じ曲を演奏する人が何人もいるわけです。

同じ曲でも演奏者が違うと、こんなに違って聴こえるものかと改めて驚くのがコンクールの楽しみです。

そもそも、同じピアノなのに弾く人が違うとこんなにも違う響きになるのかと驚きますよ。

感動した演奏と結果との違いに悲喜こもごも|コンクールなるもの

スポーツの世界ですら記録や勝敗で結果がはっきりしているものだけではありません。

フィギュアスケートや体操・新体操、シンクロナイズドスイミングのような採点競技は、観客の感動と審査結果が必ずしも一致しないことがしばしばありますが・・・

音楽コンクールもまた同じ、いや、フィギュアスケート以上と言っていいでしょう。

コンクールの審査にブーイングは付きものなのです。

たとえば・・・

1980年のショパン国際ピアノコンクールでは、イーヴォ・ポゴレリッチというピアニストがファイナルに残れなかったことを不服として、マルタ・アルゲリッチは「だってあの子は天才よ!」という言葉を残して審査員を辞任してしまいました。

聴衆たちのブーイングも無視できないほど大きく、事情説明のため異例の記者会見が行われ、さらに審査員特別賞が彼に与えられることになりました。

ここまで大きな問題はそうそういつも起こるわけではありませんが、個人レベルではみんな何かしら思うところあるのがコンクールです。

私は2005年のショパン国際ピアノコンクールから、ネットで配信されるコンクールをPCに貼りつくように聴いていた時期がありますが、そこで2つ、自分の結論として得たことがあります。

コンクールの結果は採点システムの結果であって審査員の総意ではない

ひとつは、コンクールの結果は審査員たちが出すものですが、それは審査員の総意というよりも採点システムが出してしまう結果だということ。

どういうことかと言うと・・・

多くのコンクールでは審査員たちの点数の最高点と最低点をカットして平均点を出し、順位を決めます。

すると、評価が分かれるような個性的な演奏家よりも、高め安定な演奏家が結果的に高得点を獲得するということがしばしば起こります。

実際、審査員たちの誰も予想しない結果になった・・・などというコメントが聞かれることがあります。

2005年ショパン国際ピアノコンクールでのラファウ・ブレハッチのように満場一致で誰もが認める優勝というのが望ましいですが、実際にはそんな幸せな優勝ばかりではありません。

自分に感動をもたらしてくれた演奏家は結果と関係なく応援しよう

コンクールの結果は、才能の優れた順でもありません。そんなこと神様にだってわからないかもしれませんからね。

だからこそ言いたいのは、

自分に感動をもたらしてくれた演奏家は結果と関係なく応援しようね

ということです。

オリンピックと音楽コンクールの違いとして・・・

コンクールで優勝しても将来にわたる保証を何か手に入れることができるわけではありません。せいぜい、プロフィールに優勝とか入賞とか書けるだけ。それもコンクールは星の数ほどありますから、大した威力はありません。

演奏家として活動できるかどうかは、結局のところ応援してくれる聴衆がいるかどうかです。

チケットを買って演奏会に来てくれるかどうか、CDを作ったら買ってくれるかどうかなのです。

だから、自分がいいと思った演奏家は素直に応援しましょう。

実際問題、コンクールというのは必要悪のようなところがあります。

優勝できるのは1人、ファイナルまで残れるのも数人・・・
誰もが落選するリスクを抱えて参加しています。

誰だって落ちたくありません。けれど、聴いてもらわなければ自分を知ってもらうこともできず演奏活動することもできません。

落ちたくらいで凹んでいてはそもそも演奏家などやっていけないし、メンタルの強さが大切なのは確かですが、そうは言ってもやはり認めてくれる人がいなければやっていけないのが現実です。

だからこそ、もしも感動する演奏・演奏家に出会ったら、自分の気持ちに正直に応援しましょう。

若い演奏家の成長を聴き続けるのは大きな喜びです。

まとめ

普段、スポーツにさほど興味がなくても甲子園野球やオリンピックはついつい観て熱くなるように、音楽コンクールもまた演奏会とはひと味違う感動を味わうことができます。

とは言え、審査結果は審査員の総意ではなくまして才能に順位を付けるものではありません。

感動をもたらしてくれた演奏家は、結果に関係なく応援しましょう。

素晴らしい音楽家に出会い、成長を聴き続けることができるのもコンクールの楽しみです。