教師が障害を起こし医師が治療する?!第7回音楽家医学研究会

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ごくごく少数の練習しなくても弾けてしまう人をのぞき、ふつーのにとって楽器を自在に操ることは容易ではなく、長時間の練習を必要とします。

天才たちに凡人の悩みなどわかろうはずもなく、名曲ほど難しい・・・

そこに山があるから登るのごとく・・・

そこに楽器があって、魅力的な作品があるから弾きたい、
いや、生活のために弾かなければならない、

どちらにしろ練習は、大変です。

プロのみならず、趣味で楽しむはずのアマチュアや子供さえ障害を起こすことは少なくありません。

痛くなって駆け込むのが、病院。

ピアノや弦楽器の手のトラブルなら整形外科、
管楽器の口のトラブルなら歯科、
歌手が喉を傷めたら耳鼻咽喉科・・・

楽器演奏に特有の障害を専門に研究しようという医師・研究者たちと、演奏家の障害に意識の高い音楽家が集まる日本音楽家医学研究会が今年2017年も開催されました。

11/3恒例となったこの研究会、今年もとても興味深い発表ばかりで考えさせられることが多かったです。

覚え書をかねてのレポをどうぞ。。。


この記事を書いた人
伊奈葉子 / Yoko Ina

ピアノと音楽、自然とお茶時間をこよなく愛する伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


日本音楽家医学研究会とは

日本音楽家医学研究会は酒井直隆先生(さかい整形外科・東京女子医大附属成人医学センター)が中心となって2011年から毎年11/3「文化の日」に東大駒場キャンパスで開催されています。

音楽家の障害は、腱鞘炎からジストニアまで様々な疾患が問題となっています。この問題に対処するために医療、音楽、運動学、生体工学に携わる人たちが一堂に会して議論できる研究会を開催することになりました。

第6回音楽家医学研究会ホームページより引用

第1回から事情の許す限り聴講していますが、年々参加者が増え、ディスカッションも活発になっているのは、喜ばしいことです。

第7回日本音楽家医学研究会プログラム

2017年の第7回日本音楽家医学研究会プログラムは6人の講師によるいずれもユニークで深いものでした。

  • 音楽家医学とその動向
    酒井直隆 (さかい整形外科・東京女子医大附属成人医学センター)
  • 演奏中に口の中を覗いてみたら― cine MRIで探るトランペット演奏中の口腔内動態
    古橋寛子 (九州大学病院 口腔画像診断科)
  • ヴァイオリン・ヴィオラ奏者特有の有痛性左上肢障害とその対策
    鈴木 俊 (鈴木整形外科医院)
  • 手外科外来を受診するアマチュア演奏者の障害について
    佐野和史 (獨協医科大学越谷病院 整形外科)
  • 歌手における咽喉頭の歌唱調節と歌唱障害の診療
    二村吉継 (二村耳鼻咽喉科ボイスクリニック))
  • リズミカルな身体運動に潜む引き込み現象
    三浦哲都 (東京大学大学院総合文化研究科) 

順にご紹介します。

音楽家医学とその動向 酒井直隆

イントロダクションとして、音楽家医学の概要と昨今の動向が主催者酒井直隆氏 (さかい整形外科・東京女子医大附属成人医学センター)より紹介されました。

音楽家医学の世界的動向

音楽家医学の近年の世界的な流れとして・・・

音楽家医学の国際組織として知られるPAMA(Performing Arts Medicine Association)は年々会員が減っているそうです。

理由は、欧米では医療費が高く、腱鞘炎で専門医にかかると数万円かかるとか・・・

そのため、手が痛いくらいで受診する患者が少なく手の専門医が減っているそうです。

日本の保険医療制度は世界一!
患者も医師も大いにお互いのために利用して発展していきたいものです。

もうひとつ酒井氏がチェアマンを務めていらっしゃるIFSSH(International Federation of Societies for Surgery of the Hand)では、現在、音楽医学の医師へのガイドラインを作成中。

こちらは会員数が増えているらしいので、成果を期待したいです。

手の専門医は一般診療の習得が必須

手の障害が専門である酒井氏が診察した患者について、障害を分類すると、

  • 腱鞘炎
  • 筋肉痛
  • 付着部炎

この3つで、音楽家の手の痛み全体の70%を占めるとの事。

これは、つまり、オーバーユース(使いすぎ)=練習し過ぎや、練習の仕方が適切でないために負担がかかり障害を起こすものが大半であることを意味します。

毎年、この研究会で酒井氏が手の専門医を志す若い整形外科医におっしゃっているのは・・・

Over use=使いすぎ、つまり弾き過ぎ、練習し過ぎによる障害であると診断できるのは、基礎疾患がないことが条件。

ということです。

実際に酒井氏の患者には、手の引きつりが乳がんが原因であったり、ピアノのペダルが踏めないほど痛いというのが悪性腫瘍が原因であったりという例があったそうです。

従って、一般診療を習得してから専門分野へ進んで欲しい、それではじめて患者の信頼を得ることができる、それには5~10年かかるのは当たり前だということを強調されました。

こういうお医者さんが増えるのは、患者としてはありがたいことです。

演奏中に口の中を覗いてみたら― cine MRIで探るトランペット演奏中の口腔内動態

管楽器の演奏時に口の中はどうなっているのか?

本当にのぞいてみたという興味深い発表は古橋寛子氏(九州大学病院 口腔画像診断科)です。

演奏を科学の力でサポートしたい

古橋氏は、中学時代に吹奏楽部でファゴットを、大学時代にトランペットとホルンを吹き、ホルンは現在進行形とのこと。

中学時代に進路を考えた時に、

管楽器演奏をサポートしたい
 ↓
管楽器といえば「口」
 ↓
「口」は歯医者だ!

と歯学部へ進学した熱い方です。

「演奏を科学の力でサポートする」というモット―で、臨床から基礎研究へ進まれたということでした。

どうしたら管楽器をうまく演奏できるのか?

管楽器の演奏に際しての最近の研究結果が報告されました。

たとえば・・・

  • 表情筋は、高音と強音を吹く時に口角を後ろに引っ張る。
  • 経鼻ファイバースコープで声門の動きを調べると初心者は開きが大きいのに対し、上級者は発生中と同じ状態になる。

気道について、古橋氏は被爆リスクのあるレントゲンではなく、MRIによって調べる方法を考案。ただし、金管楽器は磁場を利用するMRI撮影にはNG!

そのため、本体は塩ビ管、マウスピースはアクリルというトランペット(模擬楽器)を作り、それによって実験しているそうです。

これらの研究、すなわち、管楽器を演奏する時の口の中の動き(口腔内動態)を調べることによって、どうしたら管楽器をうまく演奏できるのか、新たな練習法につながったり、障害の予防につなげたいと締めくくられました。

まだまだ未知の分野のようですが、とても可能性を感じました。今後の成果が楽しみです。

ヴァイオリン・ヴィオラ奏者特有の有痛性左上肢障害とその対策

ヴァイオリンとヴィオラは、見るからにアクロバティックな動きをしています。
それだけに、特有の悩みを抱える演奏者が少なくありません。

ヴァイオリン・ヴィオラ特有の障害について鈴木 俊氏(鈴木整形外科医院)の発表です。

ヴァイオリン・ヴィオラを演奏する医師だから気づくこと

鈴木氏は、中学の時にヴァイオリンを始め、北里大学のオーケストラでヴィオラに転向、現在もアマチュアオーケストラなどでさかんに演奏活動を続けていらっしゃいます。

その鈴木氏が診察する中で、ヴァイオリン・ヴィオラの顎当て・肩当てが合わないために起こる障害が少なくないとの報告がありました。

ここで問題なのは・・・

師匠を変わった際に、肩当てを変えるように指導されて従ったところ調子が悪くなり、肩当てを変えたら解消した、という例が多いようです。

鈴木氏いわく、

師匠の好みを生徒に強制してはいけない!

こういう話を聞くにつけ、指導者は、自分の経験上のノウハウを生徒たちに押し付けるようなことは絶対に慎むべきだと思います。

同時に、最低限の身体についての知識も持つべきであり、その意味でも、このような研究会はますます活発になっていくことを願います。

手外科外来を受診するアマチュア演奏者の障害について

専門家の障害はある種職業病的なものですが、趣味で楽器を楽しんでいる子供たちの障害は発達途上にあるという意味でも多くの問題をはらんでいます。

佐野和史氏(獨協医科大学越谷病院 整形外科)は、楽器を趣味で楽しむ小・中・高校生が痛みや不調を訴えて外科外来を受診するケースについての報告でした。

佐野氏は、自身では楽器を演奏することはないとの事ですが、とても親身に患者の訴えを理解しようと努め、治療に専心されている姿勢が印象的でした。

指導者の常識、医師の非常識

中学の吹奏楽部でユーフォニウムを吹いていて肩が痛くなってという女子の症例について報告がありました。

佐野氏は、まずはユーフォニウムが何かわからないので、演奏しているところの写真を撮ってきて欲しいと頼み、同時にユーフォニウムについて調べ、その患者の演奏フォームの不自然な点を指摘、指導することによって改善したとのこと。

彼女は、楽器を高く構えるようにとの先生の指導に従って肩の痛みが発生したそうです。その姿勢は整形外科医から見れば、明らかに不自然、そんなフォームで毎日長時間練習していたら、障害を起こして当然という話でした。

指導者にとってはそのフォームが当たり前なのでしょう。しかし、自分が習ったとか、自分がそれで上手く演奏できているとしても、体格の違う女子生徒が同じようにいくかどうかは別問題です。

指導者の意識が問われます。

ここで休憩。。。

歌手における咽喉頭の歌唱調節と歌唱障害の診療

自分の身体がすべてという歌手にとって、喉はまさに生命そのものです。

歌手の喉についての障害と診療について、二村吉継氏(二村耳鼻咽喉科ボイスクリニック)の発表でした。

人間の身体という楽器

歌うということを身体の働きで見ると、こうなります。

  • 音程(高さ)を作るのは、声帯の張力と声帯の物性
  • 強さ(大きさ):声帯・声門下片・閉鎖圧
  • 音色:共鳴腔(口腔・咽頭)

つまり、

  • 共鳴は口
  • 声帯は音源となる咽頭原音を作る(木管楽器のリードの役割)
  • 肺は音源となるための気流を作る

歌手の多くがこのような発生の仕組みを知らないので、障害を訴える患者には音声生理学を説明し、自分の身体・喉への意識を高めてもらうそうです。

その上で、水分補給・うがい・ネプライザー・休息についてアドバイスし、さらに、発声指導をするとの事。

ハミングには炎症改善効果がある?!

歌わない私にも、なるほどと思った話として・・・

風邪を引いて声が枯れているような時には声を出さないで喉を休めるようにと言われますよね。

でも、いつまでも声を出さないのもよくないという話でした。休めるのは2週間程度で、その後はハミングなどで発声する方がよいとの事。ハミングには炎症を改善する効果もあると言われるそうです。

もちろん、異状を感じたら信頼できる医師の診察を受けてくださいね。。。

リズミカルな身体運動に潜む引き込み現象

踊りは、音楽の視覚化とも言えるのではないかと時々思いますが・・・

リズミカルな身体運動に潜む引き込み現象について三浦哲都氏(東京大学大学院総合文化研究科)の発表でした。

なぜ身体は思い通りに動かないのか?

三浦氏は、ストリートダンサーです。ご自身のダンサー経験やダンス愛好家を見ていて思った疑問、「なぜ身体は思い通りに動かないのか?」をテーマに研究されています。

リズミカルな運動スキルを行う時に、意図しない強調パターンが発生することがわかっています。

たとえば、ストリートダンスの基本のリズム動作には2つあります。

  • Down-on-the-beat(拍と同時に屈曲)
  • Up-on-the-beat(拍と同時に伸展)

初心者がUp-on-the-beatを行うと、いつの間にかDown-on-the-beatに変わってしまいますが・・・

これが引き込み現象と呼ばれるものです。

引き込み現象の例として、左右の指をワイパーのように同方向に動かすと、速くなるにつれ、左右対称の動きになってしまいます。

ピアノのユニゾンが難しいのは誰しも感じていることですが、これも引き込み現象によるものです。

運動の学習とはある秩序から別の秩序を築くこと

つまり、人間はパフォーマンスの妨げとなる強固な協調(コーディネーション)を既に備えていることを意味します。

ということは・・・

運動の学習は白紙の状態からスタートする訳ではなく、

既に持っているある秩序から別の秩序を築くこと

ということ。

その上で、効果的な練習の要因として次のたつが挙げられました。

  1. 適切なリズムで練習する。
  2. 制約因子を利用する。

何となく弾きにくいと感じるフレーズなどは、この引き込み現象に関係しているところが多いことをうすうす感じている人は多いと思います。

人間の身体ってそういう風にできていることがわかると、意識も変わりますし、練習の仕方も工夫しようと思いますね。

教師が障害を生み出し、医師に後始末をさせてはいけない

この日、報告されたいくつかの症例は、教師の指導によって痛みや障害が発生しているものでした。

私自身、小学6年生の時にはチェルニーの練習曲を弾くと途中で手が痛くなった経験があります。それを先生に言ったら「練習して指が強くなれば痛くなくなる・・・」と言われました。

その後も、オクターブの手の痛みや腱鞘炎、その他、さまざまな障害を経験しましたが、今になって思うと、そもそもの原因はこんなところにあると思っています。

  • 演奏フォーム・奏法にそもそも問題があった。
  • 練習の効率が悪いため長時間の練習が必要になる。
  • 精神論・根性論で長時間の練習を暗黙に求められるプレッシャー・・・

ピアノに関して言えば・・・

私が子供の頃に比べれば、演奏フォームや奏法についての関心も高まり、科学的なメソッドも発達しています。

そのために日本のピアノ界全体のレベルは上がっていますが、それだけにコンクールなどは競争が激化していて、まるで重箱の隅をつつくようなこねくり回してした演奏とその不自然なフォームで弾いている人(子供)は減ってはいません。しかも、それでいい成績がついてしまうと、それがいいのかと思われてしまいます。

見るからに無理な身体の使い方で難しい曲と格闘しているのを見ると、いつ障害を起こしても不思議ではないと暗澹たる気分になります。

それが幼い子供だと、本当にいたたまれません。

この研究会は参加者の大半が医学・理学関係者ですが、音楽家ももっと関心を寄せるようになることが望まれます。

特に指導者は、自分自身の経験に頼った指導ではなく、科学的裏付けのある指導をしないと、生徒の音楽ライフを残念なものとしてしまうことを自覚するべきです。

教師が生徒を故障させ、医師に治療させるというおかしな図式はなくしたいものです。

データ 第6回日本音楽家医学研究会

⇒音楽家医学研究会ホームページ

日時:2017年11月3日金曜日(祝日)13:00~17:30

場所:東京大学駒場キャンパス

21 Komaba Center for Educational Excellence (21 KOMCEE)

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伊奈葉子 / Yoko Ina
ピアノと音楽、自然とアートとお茶時間をこよなく愛する伊奈葉子です。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら