科学・医学で音楽家は守られている|第8回日本音楽家医学研究会

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ピアノを弾く私にとって、練習によるトラブルは手・腕・肩・首・背中・・・だと思っていたのですが・・・

先日、ピアノを弾く時に歯を食いしばる癖がひどくて歯が割れたという話を聞いて驚きました。

さらに、驚いたことにその場にいたある方が、

「私は、歯が割れないように寝る時にマウスピースを装着している」

とおっしゃったので、

「そもそも、歯を食いしばってピアノを弾くのはどうなのかな・・・」

と言ったら、一笑に付されてしまいました。。。

そんな音楽家たちが駆けこむお医者さんたちが集まる第8回日本音楽家医学研究会に参加しました。

今年は、ピアノと直接関係のないプログラムでしたが、とても興味深く拝聴しました。

科学や医学の恩恵に感謝すべしとレポします。

過去の記録も合わせてどうぞ。

⇒ 医学・身体運動科学から音楽家の健康問題を議論~第6回音楽家医学研究会

⇒ 教師が障害を起こし医師が治療する?!第7回音楽家医学研究会


この記事を書いた人
伊奈葉子 / Yoko Ina Piano Teacher

心と頭と身体をチューニングすればピアノはもっと自由に弾けます。演奏向上と故障予防に1日15分のウォーミングアップ。悩めるピアノ弾きを笑顔にするレッスンをしています。詳しいプロフィールはこちら


第8回音楽家医学研究会プログラム

日本音楽家医学研究会は酒井直隆先生(さかい整形外科・東京女子医大附属成人医学センター)が中心となって2011年から毎年11/3「文化の日」に東大駒場キャンパスで開催されています。

年々参加者が増え続け、発展著しいのは、酒井先生をはじめ関係者の方々の尽力のおかげとただただ敬服、感謝するばかりです。

第8回は5人の演者によるプログラムで、質疑応答やディスカッションも活発なとても興味深いものでした。

  • 音楽家医学とその動向
     酒井直隆 (さかい整形外科・東京女子医科大学整形外科)
  • 音楽家の歯科治療 -研究と臨床-
     服部麻里子 (東京医科歯科大学歯学部附属病院 顎義歯外来)
  • 参加者の自己紹介 (希望者のみ)
  • 音楽家の手の障害-患者立脚型評価尺度解析からみえること
     上原浩介 (東京大学医学部 整形外科)
  • 箏演奏時の押絃に必要な力とそれに伴う筋活動
     安藤珠希 (生田流筝曲)
  • 歌唱に影響をおよぼす発声障害について
     渡嘉敷亮二 (新宿ボイスクリニック)

順にご紹介します。

日本の医療制度は世界一!音楽家医学とその動向

イントロダクションとして酒井直隆先生(さかい整形外科・東京女子医科大学整形外科)から近年の音楽家医学の世界のトピックが紹介されました。

近年、音楽家医学の国際学会は事実上途絶えてしまい、各国レベルで開催されている状態だそうです。

なぜかというと、たとえば、アメリカでは医療費が非常に高いので、腱鞘炎ごときで専門医を受診できるのはよほど裕福な人だけという現実があります。

受診する人が少ないので、専門医も増えず、研究がなかなか進まないとか。

日本の保険医療制度は世界一で、そのおかげで「手が痛い・・・」と気軽に(?)受診することができます。

気軽に受診できる⇒患者も沢山いる⇒症例も増える⇒研究も進む、そして、この研究会で毎年次々に専門医が登壇するということです。

さらに、音楽家医学は全科が関連しているということが強調されました。

たとえば、ピアノを弾く人の故障は「手の外科」と思われがちですが、ペダルを踏む足が痛いということなら「手」だけ扱っていればいいということではないです。

「本番前のドキドキが辛い」ならば内科的に対応しなければならないということになり、今後の展望として音楽家医学は全科で取り組んでいかなければならないとお話されました。

数値化することで明らかになる|音楽家の歯科治療 -研究と臨床-

ふつーの人にとって歯が1本なくても多少不便なだけかもしれませんが、管楽器奏者にとっては「歯がない」=「楽器が吹けない」です。

事故や虫歯・歯周病などで歯を失い、入れ歯やブリッジを入れる際に、それが適切なものなのか改善が必要なのか、客観的に評価してこそ科学的に論じることができるという研究が、服部麻里子先生(東京医科歯科大学歯学部附属病院 顎義歯外来)から紹介されました。

マイクが拾う音と人間の耳が聴く印象は違う|心理音響分析

客観的に評価して科学的に論じることができるのか?

ひとつの方法として、口の中にマウスピースを入れてリコーダーを吹く、マウスピースなしで吹く、その結果を心理音響分析が紹介されました。

心理音響分析というのは、そもそもマイクが拾う音と人間の耳が聴く「心理的印象」は違うという前提に立ち、人間の耳の特徴を加味して、分析するものです。

この「心理音響分析」は、たとえば車のエンジン音やドアを閉める音がその車(特に高級車)にふさわしいのか、また洗濯機の運転音が使う人に与える印象について検討される際に使われるとのこと。

リコーダーを、マウスピース「あり・なし」で演奏してもらい心理音響分析したところ、マウスピース装着によって不快感があるとppが出しにくいことが明らかになり、心理音響分析を用いて楽器演奏の評価を数値で表すことができるという結果が得られました。

アンケートと心理音響分析に感じた「科学の威力」

入れ歯やブリッジを装着する患者さんにはアンケートを実施するとの事で、示されたアンケート項目は以下の通り。

  • 安定性
  • 異物感
  • くわえやすさ
  • 吹きやすさ
  • 音色
  • 全体評価(使用したいかどうか)

2種類の義歯(入れ歯)を装着した患者さんの症例として報告された「アンケート」と「心理音響分析」によって数値化された結果に、科学の威力を感じました。

音楽家は、日頃感覚だけで判断しています。どちらかというと、わからない方向に持っていこうとする傾向さえあるように感じます。

そういう世界にいると、このように科学的に明らかにできることは解明していこうとする姿勢、科学的視点・手法は新鮮でした。

たとえば、ピアノを弾く時のタッチや姿勢など、このような手法での研究が進み、広く一般に紹介されればな~と思いながら、聴いていました。

音楽家歯科はまだまだ少ないようですが、これから目覚ましい発展を遂げられることでしょう。

楽器を演奏する医師に支えられる音楽家医学|参加者の自己紹介

第8回の今年初の試みとして、参加者の自己紹介の時間が設けられました。希望者のみとされながらも数十人の参加者のほぼ全員が自己紹介されました。

印象として最も多いのは医師で8割ほど、続いて作業療法士と理学療法士が2割弱と言ったところでした。そのほとんどの方が楽器を演奏され、しかも子供の頃からという方が多かったです。

楽器を演奏するから音楽家医学に関心が強く、専門医をしていたり、若い医師の方々は専門医志すということなのでしょう。

それに比べて、当の音楽家は医学や科学に関心を寄せているかというとはなはだ疑問です。

そもそも、ピアノのレッスンなら、手の形がどうの、指がどうのということを年中問題にしているのに、手の構造を知らない人がほとんどです。

・・・音楽家ももっと科学・医学に関心を寄せて練習やレッスンに役立てたいものです。。。

昼休みに歩いた東大駒場キャンパスの銀杏並木。
今年は心なしか精彩を欠いているような気がします。

音楽家という人種の特性|音楽家の手の障害-患者立脚型評価尺度解析からみえること

人は無意識に自分をふつーと思ってますが、上原浩介先生(東京大学医学部 整形外科)の発表は、音楽家の手の障害というが、世間一般から見れば実は特殊なのだと改めて思い知らされるものでした。

音楽家の手の障害を診療するにあたり上原先生が大切にしていらっしゃることが紹介されました。

  • 常に学び続ける
  • 楽器の知識
  • 患者のニーズ
  • 都度考える(思考をパターン化しない)
  • 想定外の訴えにも対応する
  • 音楽家の特性

この研究会で毎年思うのですが、楽器を演奏しないお医者さまたちが、楽器を理解し、”演奏するとはどういうことか”理解しようとされようという姿勢には本当に頭が下がります。

プロとアマチュアの違い

スポーツはプロとアマチュアでは故障の種類が違うけれど、音楽家はプロとアマチュアの差があまりないそうです。

アマチュア音楽家の、故障の原因になりやすいもの(筋骨格系症状の危険因子)として以下が報告されました。

  • 女性は男性の2.9倍
  • 演奏の負担が増える
  • 急な演奏時間の増加
  • 奏法を変える

女性は男性の2.9倍もトラブルが報告されているのはなぜだろうと考えるのですが、ピアノの場合、女性は物凄い頑張り屋さんが多いことを思い起こしました。頑張りすぎて故障した人、結構いますからね。。。

手が小さいとか筋力がどうのというより、疲れても休まないとか、無理して難しい曲を弾こうとするという人が多いように思います。

原因は弾き方だけではない|演奏は感情と切り離せない

Winspurによると、手の整形外科を受診する音楽家の症状のうち、19%は精神・感情に起因している。

とのお話に、演奏という感情と切り離すことのできない活動の複雑さを思いました。

楽器・奏法・個人的要因|障害因子は3つ

音楽家の障害はつまるところ3つの因子です。

  • 楽器
  • 奏法
  • 個人的要因

この3つの因子が複雑に絡んでいるわけですが、

楽器を変えるのは事実上難しく、
個人的要因はたとえばピアノなら手の大きさも変えられない、

としたら、最も変えやすいのは

奏法=弾き方であり、それを育む練習

ということになります。

過ぎたるは及ばざるより悪い

音楽家の障害の治療は、

  • 「使いすぎ(overuse)」と「誤った使い方( maluseまたはmissuse)」を避ける
  • 運動工学・人間工学から奏法を整える

この2つ。

話として聴けば、当たり前なのですが・・・

オーバーユースについては、ついつい飲み過ぎ、食べ過ぎてしまうように、練習しすぎてしまうんですよね。

ミスユースも、奏法を改善する=誤った使い方を適切な使い方に変えるのは、とても大変なのです。楽器を始める最初から適切な奏法を身につけるようにしたいものだと、しみじみ思います。

腱鞘炎は再発する

腱鞘炎は再発しやすいと噂には聞いていましたが、実際にそういうデータがあるということを示されました。

腱鞘炎は、エコー診断すると、腱鞘が硬く厚くなっていることがわかるそうです。

ステロイド注射をすると3週間で柔らかくなるが、また硬くなり、

3か月で24%、1年で48%が再発

と報告されました。

腱鞘炎の予防にはストレッチが有効とのことです。

ウォーミングアップしましょうね。

病は気からは迷信ではない|破局的思考

治療の効果に、「思考」が関係しているという報告です。

破局的思考とは、痛みから逃げようと思うあまり痛みに敏感になるというもの。

痛みから逃げようとするあまり痛みに敏感になり、いつも痛みに注意が向くので、慢性的な痛み(慢性疼痛)につながりやすいとか。

その場合は認知行動療法を行うとのことで、具体的に以下のことが紹介されました。

  • 破局的思考に気づくことから始める
  • リハビリを積極的に行う
  • 痛みに注意が向きがちなのでできることを増やす
  • 日常動作など本人に考えさせる
  • 「できない」から「できた」という自己効力感を持つようにする

全か無か|音楽家の特殊性

音楽家は治療の結果が他の分野の人々と違うのことで、

演奏家は高度な演奏活動を「全か無か」で判断する。

そのため、以前と同じレベル(以上)でなければ結局演奏できない=仕事ができないので、少しよくなったとしても快復したと思わない=「無」という思考の特性、立場を理解しなければならないと締めくくられました。

質疑応答として、2つご紹介します。

Q:オクターブ で手を故障するのは、手の大きさと痛み(故障)と関係あるのか?

A:これは酒井先生の著書にありますが、手の大きさよりはあまり関係なく、打鍵後の脱力ができているかがどうかによります。

Q:椅子の高さと故障は研究に値するのでは?

A:打鍵角度は手の形で調整しているので、椅子の高さと打鍵角度とはあまり関係ない。
むしろバックペイン(背中の痛み)に関係するでしょう。

身に付いた型あっての「型破り」|箏演奏時の押絃に必要な力とそれに伴う筋活動

邦楽は日本の伝統音楽ですが、現代日本人にとってはクラシック音楽よりも遠い存在になってしまいました。

生田流筝曲の安藤珠希先生は芸大邦楽科大学院ご出身で、芸大邦楽科の学部構成、筝と琴の違いなど、邦楽に暗い私たちにわかりやすくお話くださいました。

八橋検校に始まる生田流筝曲は、そもそも目の見えない人たちがやってきたので楽譜もなく、長い間「伝言ゲーム」が続いていた世界。

いわば、師から弟子への完全なるコピーを作り続けてきたというもの。

「型破り」という言葉がありますが、型が身についていてそれを破るから「型破り」であって、破るべき型がないのは「型なし」!

という言葉になるほどとうなずいたのでした。

優雅に見える筝の演奏ですが、筝の絃(弦ではない)を押す力をピアノやヴァイオリンと比べると、

  • 弱押し(半音上げる)で30〜42N(ニュートン)
  • 強押し(全音上げる)で56〜69N
  • ピアノは50N〜
  • ヴァイオリンは10N(A線)

しかも、ピアノは打鍵の瞬間が最高ですが、筝は音が鳴っている間は力を緩めることができないので、実は大変なことがわかります。

そのため、やはり「痛み」は深刻な問題で、しかも、親が先生だったり、合奏練習は自分ひとりの問題ではないので基本的に休めない、ピアノや弦・管よりも認知が低いなど、診察・治療の体制は十分でないようです。

・・・聴いていて感じたのは、伝統芸能を守り継承することと現代社会を生きることの矛盾です。

一見不合理に見えることも、それによって守られたきた伝統があることを考えると、簡単に改めればいいというものではなく、なかなか難しいです。

日本語は発声が難しい|歌唱に影響をおよぼす発声障害について

人間が生まれ持った声という楽器、そして歌えるという能力ですが、誰でも歌えるだけに実は難しい問題があると感じたのは、渡嘉敷亮二先生(新宿ボイスクリニック)の発表でした。

そもそも、「のど」という字はふたつあります。

  • 喉:声の話
  • 咽:食事の話

話す、歌うは「喉」の問題です。

日本語はそもそも声帯を締める

大きく強い声を出すというのは、どういうことかというと

A:声帯を強く締める
B:吐く息を沢山にする

AとBの積です。

つまり、

声帯をいくら強く締めても、吐く息が少なければそれほど大きい声は出ない。
声帯を強く締めなくても、吐く息が多ければ大きい声になる。

ということで、声帯のコントロールと呼吸(吐く息)の関係が重要です。

・・・で、そもそも日本語は子音の後に必ず母音なので、声帯を締めることで対応しているとの事。

クラシックの歌は、オペラとリート(歌曲)というカテゴリーがありますが、実は日本歌曲を歌う人は少なく、私の友人なども「日本語の歌は難しい・・・」とほとんど歌いませんでした。

それは、日本語の特性と歌う発声の関係があるのだなと、今さらながら納得しました。

歌手のジストニアは楽器奏者のジストニアより知られていない

近年、ポップスや流行歌の若い歌手が「喉の不調で歌えない」と長期休養するニュースが伝えられますが、渡嘉敷先生によれば、そもそも歌い方がなっていなくて、声が出なくなり歌えなくなるのは当然との事。

誰でも歌えるだけに難しく、さらに、その歌い方は喉を傷めるなどと聴衆がわかろうはずもなく、歌えなくなるという事態を引き起こしているようです。

ピアノ・弦・管楽器奏者のフォーカルジストニアはその概念が広く知られるようになり、研究も進んでいますが(完治はまだです)歌手のジストニア(singer’s dystonia)の概念は、まだまだこれからとの事です。

5人の演者とのディスカッション

最後に、5人の演者の先生方と酒井先生、参加者とのディスカッションが行われました。

ざっくばらんに日頃の診療からお医者さんたちが感じている本音も聞けて面白かったのですが・・・

治療に疑いの気持ちを持っている人はよくならない。

との言葉には、多くの方がうなずいていらっしゃいました。

また、プロは、プロ根性・プロ意識があって、良くも悪くも何とかしてしまう。

けれど、アマチュアには、わけわからないことを言ってくる人がいるそうです。
たとえば、単に練習が足らない、未熟なだけなのに、身体のせいにしてしまう人もいるとか・・・

最後は、この言葉で閉会しました。

楽器に向かっている時間以外が大切。

確かに、ピアノの鍵盤に触れる以前の問題大切です。。。

主催者の酒井先生、司会の中澤先生・工藤先生、とても興味深い発表をしてくださった5人の演者の先生をはじめ、深い質疑応答で興味深いお話を聞かせてくださった諸先生方、本当にありがとうございました。

データ|第8回日本音楽家医学研究会

⇒ 音楽家医学研究会ホームページ

【日時】2018年11月3日(土・祝)11:00~17:30
【場所】東京大学駒場キャンパス
  21 Komaba Center for Educational Excellence (21 KOMCEE)

【司会】
 中澤公孝 (東京大学大学院総合文化研究科)
 工藤和俊 (東京大学大学院総合文化研究科)
 酒井直隆 (さかい整形外科・東京女子医大附属成人医学センター) 

~♪~

過去の記録も合わせてどうぞ。

医学・身体運動科学から音楽家の健康問題を議論~第6回音楽家医学研究会

教師が障害を起こし医師が治療する?!第7回音楽家医学研究会

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伊奈葉子 / Yoko Ina Piano Teacher

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