ルノワール展は愛すべき幸せな絵であふれていました

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国立新美術館で開催中のルノワール展に行って参りました。

ルノワールは人気のある画家ですから、訪れる人が多いはず、やはり夏休み前に行っておきたい!
・・・と思ったのは正解でした。

雨が降ったり止んだりの一日、平日午後としては、まあまあの混雑でしょうか。

美術館は雨の日(冬なら雪の日)に限ります。。。

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この記事を書いた人
Ina / 伊奈葉子 ヴィジョン・コンサルタント

これは何?なぜ?どうして?・・・答えはどこかにあるはず。だから、本を探す、読む、考える、そして、試す。。。3回読む本しか買わないInaです。ピアノと音楽、季節の移ろいと日々のお茶時間をこよなく愛しています。慶應義塾大学文学部卒業。詳しいプロフィールはこちら♪


ピエール=オーギュスト・ルノワールという人

ルノワールの本名はピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir)と言います。

1841年フランス・リモージュに生まれ。

お父さんは仕立て屋さんでお母さんはお針子さんという服を作る両親の下で生まれ育っています。

このことが、彼の絵に大きな影響を与えていると、私は今回の展示を観て感じました。

ルノワールが3歳の時に、一家はパリに引越し、ルーブル美術館の近くに暮らします。
何て贅沢な環境!

ルノワールは、幼い頃から画才と共に、声楽の才能も示し、作曲家グノーの指導を受け9歳で聖歌隊に入り、パリ・オペラ座の合唱団に入るという話もあったようです。

しかし、父の希望で13歳の時、磁器工場で磁器の絵付職人の見習いとなりますが、産業革命の影響で、17歳の時に仕事を失い、そこから画家人生が始まります。

ご近所のルーヴル美術館に模写に通い、21歳で、シャルル・グレールのアトリエ(画塾)に入り、ここでモネ、シスレー、バジールら、後の印象派の画家たちと知り合い、同時にエコール・デ・ボザール(官立美術学校)でも学びます。

そうして、サロンに出展して、入選・落選を繰りかえしますが、普仏戦争に駆り出されて28歳の年に出兵するも、翌年病気のため除隊します。

その後、32歳の時に、モネ、ピサロ、シスレーなどとグループを結成し、それが後年「印象派」と呼ばれるようになるわけです。

今回の展覧会は、とてもわかりやすく10章で構成されています。

人間誰しも、歳を重ねると変化していきますが、ルノワールの作品にもそうした画風の変遷が見て取れるとても興味深い展示でした。

1章 印象派へ向かって
2章 「私は人物画家だ」: 肖像画の制作
3章 「風景画家の手技(メチエ)」
4章 “現代生活”を描く
5章 「絵の労働者」: ルノワールのデッサン
6章 子どもたち
7章 「花の絵のように美しい」
8章 《ピアノを弾く少女たち》の周辺
9章 身近な人たちの絵と肖像画
10章 裸婦、「芸術に不可欠な形式のひとつ」

以下、私感を綴っていきます。

1章 印象派へ向かって

『陽光のなかの裸婦(エチュード、トルソ、光の効果)』は、印象派的な雰囲気が淡く漂う、初々しい作品でした。

既に天才の閃きを感じますね。

2章 「私は人物画家だ」: 肖像画の制作

ルノワールは、「自分は人物画家である」であると早くから自負していたそうです。

創作初期からパトロンや親しい仲間を描き、何より女性の肖像画を得意としたようですが、私が強く印象に残った絵は『ジョルジュ・アルトマン夫人』でした。

楽譜出版で財をなしたジョルジュ・アントルマンの夫人で、室内の大きな全身像としてルノワールの初めての作品だそうです。

バックのグランドピアノや、豊満な女性のドレスなどに、豊かさと富が感じられ、満ち足りた雰囲気が漂って目を引きました。

もう1枚は、『クロード・モネ』。

同業者を描いた絵として、尊敬や友情、また、どこか複雑な感情も垣間見える興味深い絵です。

モデルのモネは、筆とパレットを手にしていますが、キャンバスが描かれていない代わりにカーテンの柄にモネらしさを漂わせ、またバックの木の描写にもモネを感じる絵でした。

3章 「風景画家の手技(メチエ)」

個人的に、風景が好きなので、ここでは3枚の絵に惹かれました。

木陰で昼寝したいような『イギリス種の梨の木』

明るい陽射しに花が香ってくるような『シャトゥーの鉄道橋 あるいは バラ色のマロニエ』

そして・・・

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この坂を駆け下りたい!と思った『草原の坂道』です。

光の感じられる絵は、タイトル通り「風景画家の手技(メチエ)」の賜物ですね。

4章 “現代生活”を描く

今回の目玉である『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』は、オルセー美術館に所蔵されている作品の中でも10本の指に入るほども逸品だとか。

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当時、ルノワールはモンマルトルにあるこのムーラン・ド・ラ・ギャレットの近くに暮らしていました。

ムーラン・ド・ラ・ギャレッドとは、2台の使われなくなった風車(ムーラン)のふもとで焼き菓子(ギャレット)を売っていたお店です。

改装された風車小屋をダンスホールとして使い、日曜日の午後にはパーティが催されていたそうです。

そんな、人々のおしゃべりや笑い声、そして、ダンスの音楽聞こえてきて、風の香りや揺らめく光が感じられるような生き生きした作品でした。

なるほど逸品と言われるわけです。

また45年ぶりにそろって来日した『田舎のダンス』と『都会のダンス』も興味深いです。

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この頃のルノワールの作品を観ていると、彼は、社交の場に集う人々に、「生きるってどういうことなのか」、「人間って何だ」ということを洞察し、表現したのではないかと感じます。

それは、幼い頃から、仕立て屋さんだった父とお針子さんだった母の仕事やお客を見ていて、感じたことも影響しているのではないかと思いました。

服についてあれこれ考える時って、自分の可能性を引き出していたり、その場で自分がどう人々と関わるかということを考えませんか。

出掛ける服を選ぶ時には、そのイベントについて思いを巡らせますし、ワクワク感もあります。

服装は、選ぶ人の内面を表していますね。

その意味で、共に展示されていた、ジャン・ベロー『夜会』や、ジェームズ・ティソ『夜会 あるいは 舞踏会』はとても興味深い絵でした。

また、カミーユ・コロー『ニンフたちのダンス』は個人的にとても惹かれる作品です。

5章 「絵の労働者」: ルノワールのデッサン

結局のところ、私は自分の手で働いているよ。
だから労働者さ。
絵の労働者だね

画家にとってデッサンとは、自身の画風の基礎というのでしょうか。

ルノワールはデッサンの研究に熱心だったそうです。

6章 子どもたち

ルノワールは自分の3人の子供と、注文に応じて描いた絵の2種類の子供の絵があります。

ここで目を引くのは『道化師(ココの肖像)です。

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可愛らしさと同時に凜とした誇らしい表情で立つ少年に、ココの愛称で呼ばれたルノワールの三男クロードへの深い愛情と、健やかな成長への願いを感じます。

7章 「花の絵のように美しい」

ルノワールにとって「花の絵は美の基準」だったそうです。

また、花の絵を描くと頭が休まると告白しています。

『モスローズ』の優しい色彩と質感は、花に対するルノワールの愛情そのものだと思いました。

8章 《ピアノを弾く少女たち》の周辺

『ピアノを弾く少女たち』と『ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル』。

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『ピアノを弾く少女たち』は最も有名な、ルノワールの代名詞のような作品です。

この絵を観て感じるのは、ピアノのおけいこ、とか、練習風景というような真面目な学習風景ではなく、遊んでいる雰囲気なんですよね。

こういう絵が描かれるということは、当時のルノワールの周辺では、こういう情景が日常的に見られたということでしょう。

現代日本で、ピアノを前に少女たちがこうして屈託なく遊んでいる光景を見ることができるのでしょうか?

日本の子供たちは、多くの場合ライブの演奏会を聴く前に、ピアノの先生の所へ連れて行かれ、キチンと座り、正しい指の形で、間違えずに上手に弾くことを求められます。

こういう所に、根深い文化や習慣の違いを垣間見ますね。。。

あっ、話がちょっとそれますが・・・

ピアノの上に花びんに活けられた花が描かれています。

ピアノの上に水の入ったものを置くのかい?

と突っ込みたい私です^^;;

そして、『ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル』。

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子どもだけでなく、大きくなっても、こうしてピアノを前に笑みがこぼれる光景は本当に素晴らしいと思います。

後ろの絵は2枚ともドガだなんて、羨ましすぎます。。。

9章 身近な人たちの絵と肖像画

注文に応じて描く肖像画とは別に、ルノワールは自ら、身近な人々にモデルを見つけ描いたそうです。

ここの絵たちに、素朴に、率直に感じたのは、みんな目がうつろなこと。

一番聡明そうで生きている感じがしたのは『ステファン・ビジョン夫人』でした。

10章 裸婦、「芸術に不可欠な形式のひとつ」

初来日した最晩年の『浴女たち』。

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晩年の彼と親交のあったマティスは本作を「最高傑作」と称え、ルノワール自身も「ルーベンスだって、これには満足しただろう」と語ったとされているらしい。公式ページより。

最晩年というには、官能的で快楽的で、しかし、何か超越的で、どこか「楽園」を感じされる不思議な絵です。

偉大な芸術家が修行の日々の最後にたどりついた境地にはどこか崇高さも感じました。

ルノワールにとっての絵とは何か

展示の合間に紹介されていたルノワールの言葉から彼にとっての絵とは何かを伺うことができます。

絵とは、好ましく楽しくきれいなもの-そう、きれいなものでなければならない!

For me,a painting must be a pleasant thing,joyous and pretty - yes,pretty!

なるほど、ルノワールの絵が、可愛らしく、愛されるわけです。

この「きれい」という日本語が適切かどうかは別にして、やはり、ルノワールにとって絵は、愛すべきものであり、人々に愛されるべきものだったことが見て取れます。

これを見て思いだしたのが岡本太郎のこの言葉です。

今日の芸術は、
うまくあってはいけない。
きれいであってはならない。
ここちよくあってはならない。
(岡本太郎著「今日の芸術」より P.98)

太郎にとっての芸術は、人々どう思われるかよりも、受け入れられなくても、嫌われても、表現せずにはいられない強烈な衝動だったのですね。

画家とひと口に括れないほどの対極を感じました。

もうひとつ、

絵は見るものじゃない、一緒に生きるものさ。

You don’t look at painting , You live with it.

こちらには、芸術家の普遍的な魂を感じます。

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絵とは愛すべき”pretty”なものと考えていたルノワールの絵は、

まさに、

色彩は「幸福」を祝うために

というフレーズがぴったりでした。

ルノワール展 展覧会

ルノワール展 展覧会ホームページ
http://renoir.exhn.jp/

【会 期】 2016年4月27日(水)~8月22日(月) 
毎週火曜日休館 ただし、5月3日(火・祝)、8月16日(火)は開館

【開館時間】 10:00~18:00 
金曜日、8月6日(土)、13日(土)、20日(土)は20:00まで 
※入場は閉館の30分前まで

【会 場】 国立新美術館 企画展示室1E 
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2

~♪~

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